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第146話
相変わらず長い裾を捲し上げてリビングにやってきた竹内さんは、未だ暗い顔をしておきながらも涙自体は引っ込んだようだった。
何をそんなに苦しんでいるんだろう。
朝から暴言吐きまくった俺が言えた事じゃ無いけれど、心配なものは心配なんだ。
竹内さんは俺が待つソファへ向かう事なく、キッチンへと消える。素足の歩行はやはり違和感があって。
俺のいるとこ、目だけで確認してビクってしたの気づいてないと思ってんのかな。
昨日の事とか、今朝の会話…気にしてんのかな。その割にはさっきまで結構普通だったのに。
立ち上がったのは無意識だ。
暗いままのキッチンは、深い深い暗闇のようにも見える。もしそのまま竹内さんが引き込まれて消えちゃったらどうしようって、ホラーとファンタジーを混ぜたような妄想が膨らんでいても立ってもいられなかった。
「ねえっ、どこ行くのさ!」
「煙草。」
「…あー。」
この間来た時にはあった筈のアルミ灰皿が、そういえばテーブルに乗っていない事に気づく。
…あーくそ、冷静さとか皆無じゃん俺。情けないな。
「…身体に悪いからあっち行ってろよ。」
「吸ってる本人よりはマシだよ。」
「……はぁ。」
出た出た。言い返せなくなると吐く、諦めのため息。
幸せが逃げてくよーなんて、既にそんなもんどっか行っちまったって顔してる人に言える冗談ではないし。
どうしよっかな。何を言ったら竹内さんは笑顔を取り戻してくれるだろう。
折角会えたんだから、あのうぜー部下さんって奴について教えてほしい。夜に竹内さん自身が発した言葉と、朝との矛盾とか、その後のメッセージの真相とか。
だけど今そんな事聞いたらそれこそ、また竹内さんを混乱させて泣かせてしまうかもしれない。
バイト中じゃこうはいかないんだ。ゆっくり話せる最高の時間を、竹内さんは俺にくれた。
それなら、まずは面白い事とか…楽しかった事を俺から言ってあげなきゃ。
こういうのって、人に聞く前に自分から話せってよく言うじゃん?
そしたら竹内さんも、何か話してくれる気が起きるかもしれない。俺の話聞いて少しは元気になってくれるかもしれないし、俺が話聞いてあげることで竹内さんに元気を取り戻してあげられるかもしれない。
「あー、そうそう聞いてよ。修学旅行ってデカい部屋で並んで寝るじゃないっスかぁ、俺そういうの苦手でさ──…。」
手始めに、竹内さんをコンビニの入り口で見つけた経緯なんかを話してみた。
わかりやすく身体が強張るものだから、早速地雷でも踏んだのかなって一瞬焦った。
だが──。
「そう、なのか。お前が望んで散歩に…。ってガキの癖に危険だろ。」
「えっへへー。でも結果的に竹内さん救出したからラッキーって事で!」
おっ…少しだけ表情柔らかくなったかも。
突っ込んでくれるようになった竹内さんは、こちらとしてもかなり安心する。
俺ばっかりふざけてて竹内さんが上の空じゃ全然つまんねーもん。
ねぇ竹内さん、次は何を話そうか。
煙を吐き出す唇が綺麗。
微かにリビングの光を取り込むその横顔が色っぽい。
湿った睫毛が隠す瞳は、まだ俺の方に向いてはくれない。
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