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第165話
朝日が竹内さんの睡眠を邪魔するより早く、家を出た。
一晩寝たからって忘れられるもんじゃないし、そもそも忘れたくない。というか、一晩だなんて言ったけど結局一睡も出来やしなかった。
竹内さんと一つ屋根の下で。部屋は違えど、そばに居る事を意識するなってのは無理な話。
シーツから香る竹内さんの匂いに囲まれて、そう簡単に眠れる訳がないだろ。
約束通りテーブルにはスペアキーが用意してあった。もし俺がもっと慎重に、上手く物事を進めていくことが出来ていたなら、これを合鍵と呼べたりしたんだろうか。
……いや、ないな。
あの三日月ヤローの存在がある時点でアウトだよ。
「暁人さん…好きだよ。」
ソファで睫毛を振るわせる家主に
部屋を出る間際、臆病な犬は小さく吠えた。
大好きなんだ。あんたの事。
多くを望んでしまうから、こんなに苦しい。
『君とまた会えるなら何もかも要らないよ』なんて歌っている歌手はその辺にゴロゴロ居るが、もう俺はそれだけじゃ足りなくなっていた。
会って、話して、触れて、抱き締めて、心も身体も全部通じ合えたその先の、竹内さんを世界一幸せにしてる自分まで想像するんだ。
竹内さんが辛くない世界。いっぱい可愛い笑顔を見せてくれる世界に、俺が連れていってあげたいのに。
あの人の想いは報われず、涙を流す。
…難しいな。片想いって。
帰ってもう少し寝ようか、それとも薄い雲に覆われた優しい朝陽でも浴びながら、家まで軽く走ろうか。
どうせバイトはあるんだ。自転車には悪いけど、夜まで迎えに行くの待っててくれよな。
寝起きは昔からいい方だった。
鳥の鳴き声や明るくなっていく空を眺めているのは飽きないし、無性に走りたくなる。
少しでも身体を動かして、疲れて汗でもかいた方がよく眠れそうだ。よし、それで行こう。
昨夜ちゃっかりお土産の見返りとして受け取った塩サバおにぎりと焼きそばパンを炭酸で流し込み、軽くなったリュックを背負って駆け出した。
▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢
今日も働き盛りなサラリーマンの群れが弁当をかき集め、落ち着いたのが19時過ぎ。
どっと疲れるこの時間を越えれば、あとはオーナーと雑談しながら終わるのを待つだけだ。
棚の拭き掃除も飽き、ビニール袋を補充していた時だった。
見慣れない車が一台、店前の駐車場に止まる。
「らっしゃせー…………ッ?!?」
「こんばんは。」
黒のデケぇセダンって所がまた期待を裏切らない。
キラキラ笑う三日月ヤローが、ご来店しやがった。……そして何と、
「こんばんは!」
「おっ、偉いねぇ〜ゆら。ちゃんとご挨拶出来たね。」
娘を連れて。
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