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第2話 その手を離さない
五月五日はこどもの日。
その日、梅沢駅前の『みんなの広場』では、子育て世代向けのイベントが開催されていた。市役所の観光部主催のイベント『ゆずりんフェスタ』である。
中央にある特設ステージには、風船や梅沢市公認ゆるきゃら『ゆずりん』のパネルで飾りが施されており、子ども向けの音楽イベントや、マジックショーなどが繰り広げられていた。
そしてステージを取り囲むように、縁日の出店のような屋台が配置されている。梅沢市商工会議所の協力を得た屋台にはチョコバナナ、わたあめ、焼きそば、お好み焼き、たこ焼き、かき氷など、子どもが喜ぶような品目がずらりと並んでいた。
会場には朝早くから、子ども連れの親子が大勢詰め駆けていて、華やかで明るい雰囲気が漂う。
この様子を眺めていると、梅沢市の未来は栄華栄耀を約束されているかの如くだ。
『それではここで、子どもたちからのプレゼント! 安田市長へ鯉のぼりの贈呈をいたします!』
地方ラジオ局の女性アナウンサーのよく通る声が耳を突く。
彼女のアナウンスを合図に、観光部職員たちに送り出された子ども十数人が一斉にステージに上ってきた。
子どもたちは手に手に、自分で作成した画用紙の鯉のぼりを持ち、緊張した面持ちでステージに立っていた安田のところに歩み寄る。
「どれどれ、私にくれるのかな?」
安田は優しい笑みを浮かべて子どもたちに声をかけた。最初は緊張をした面持ちの子どもたちだが、安田の柔らかい笑みに誘われ、だんだんと緊張をほぐしている様子が、外から見てもわかるほど、子どもたちにも笑顔が溢れた。
こういった場面でも臆することなく自分を表現できる子どもというのは、いつの時代でも、どこにでもいるものだと思った。集団の中から一人の男の子が一歩前に歩み出し、それから安田に鯉のぼりを手渡したのだ。
彼の行動を皮切りに、ほかの子どもたちもそれに習って安田の元に歩み寄る。
これはイベント企画の一つで、『自分たちの作った鯉のぼりを市長にプレゼントしよう』というものだった。
子どもと市長との交流はイメージ作戦には欠かせない。戦略的企画の一つとも言えるが、そういった思惑を抜きにしても安田は子どもが好きだった。小柄で、でっぷりとした安田は、いつも細い目を余計に細めて、柔らかい笑みを浮かべていた。
「すごいね~。みんな上手だ。くれるのかい?」
「うん」
「これ、僕たち作ったの」
「あげる~」
男の子も女の子も、安田の優しい雰囲気に緊張を和らげたようで、にこにこと嬉しそうに鯉のぼりを手渡していく。
その様をマスコミ関係者が写真を撮ったり、テレビカメラで録画したりしていた。夕方のローカルニュースや、明日の地方紙朝刊でこの場面が巷に流れるのだ。
――予定通り。
ステージ下から眺めながら、槇 実篤 は、ぼんやりとしていた。
大人になればなるほど、しがらみが増えるものだ。自分とてステージにいる子どもたちのように、怖いものなんてない、輝かしい未来を見据えているような瞳を持っていたに違いないのだ。
遥か昔の記憶でも辿るような気持ちになりながら、安田を眺めていると、ふと子どもたちの集団に入れずに後ろでじっとしている男の子に目が止まった。
鯉のぼりを作ってきたのに、この輪に入れないのだろう。じーっと無表情で固まっている彼。
槇は思わず声をかけようと足を踏み出すが、それよりも早く別の子どもの手が伸びてきて彼の手を取った。
「一緒に行こう」
同じ年頃の男の子は、固まっていた男の子の手を取って、輪の中に入っていった。
――ああ。ああいう光景ってなんだか懐かしい。
自分もそうだった。
あいつの手をずっと引いて、いつも隣で歩くことが当然だと思っていたのだから。
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