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第24話 罠

「すみません。そういうの面倒で関わりたくないのです」 「保住」  鋭い野原の声はあまり聞き馴染まない。仕事モードなのだろうか。  上司として部下を嗜める時、彼はこんな顔をするのか――? 「課長。そんなおれの性格は、あなたがよくお分かりではないですか」 「保住。お前は面倒だと言うが、すでに権力闘争に組み込まれた駒だ」 「では早々に脱落いたしましょう」  保住はにこっと笑顔を見せて、手を打ち鳴らして見せた。それから同伴してきた|田口《たぐち》、槇と順番に視線を寄越した。 「おれは澤井の指示通りに動いているわけでもないのですよ。あの人がおれのポリシーに反するようなコトをするならば、勿論、同意はしかねる。しかしそれが梅沢や、市民のためになるのであれば、それは必ずやり遂げるだけだ」  ――どうしてだろう? 保住にはあるのに、自分にはないものがあるのか。それは一体なんだというのだ?  どうしてこの男は、こうも追い詰められた場面でも堂々と活路を見出すのだ。ここまで来ると、どんでん返しは困難。完敗であるということは歴然だった。  悔しいが、負けを認めざるを得ない。 「きれいごとだ、甘ちゃんだって澤井さんにも怒られるが、それを尊重してくれる澤井(あの人)はそう悪くもない。澤井(あの人)の梅沢にかける思いはおれ以上だ。  ……死んだ父もそうでした。家族なんてまったくもって眼中にないくらい梅沢のことに夢中でしたからね。申し訳ありませんがそういう男の血を引いています。融通が利かないのは勘弁してください」  保住は澤井のことを「嫌いだ」と言う割に、結構好きなのではないか?  槇は皮肉を込めて「君は相当、澤井さんにぞっこんだ」と言った。  しかし保住は素直に認めた。 「そうかもしれませんね。上司として市役所職員としては尊敬しています」  そして今度は野原を見た。 「野原課長。こんなことに加担していて良いのでしょうか。おれが澤井さんに告げ口をするとは思わないのですか。槇さんとあなたとでは、お立場が違う。市役所職員の頂点は澤井さんだ。あの人の耳に入ったら潰されるのは目に見えていますよね」  野原は瞳の色を濃くしてぽつりと言った。 「おれはお前とは違う。市役所職員にこだわりはない」 「それはそれは。出世街道まっしぐらなのに? ああ、槇さんに引っ張り上げてもらっているというもっぱらの噂ですもんね。随分、懇意にしていらっしゃる。おれと澤井の関係を調べ上げている場合ではないのではないですか」  保住は執拗にまくし立てる。槇の心がざわざわと落ち着かなくなった。  まるであの時みたい。  中学生の頃、野原がいじめられていた時みたいに……。  しかし野原も成長しているのだ。当時の、ただ黙って横沢たちのいじめを受け入れていた時の彼ではない。  野原は毅然した姿勢で保住をまっすぐに見据えていた。 「ただの同級生なんて言葉をおれは信じられませんね。そうでしょう? 同級生って、何十人、何百人いる中で、社会人になってまでこんなに懇意にしますか?   槇さんも随分と野原課長がお気に入りのようだ。色々な経験させてもらっていますからね。お二人の間の雰囲気はよくわかります」 「曖昧なことを……」  保住の言葉に対して声を上げた野原の横顔を見ていると、不安が増幅されていてもたってもいられずに声を上げた。 「保住、野原をいじめるな」  しかしそれは保住の用意周到な罠だった。

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