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第40話 いつもと違う気持ち

 一人夜の街に出ると、心がざわざわとした。  ――この気持ちはなに? さみしいってこと?  ずっと一緒だった。だからこうして飛び出してきてしまうと、どうしたらいいのかわからなかった。  今までにも喧嘩のようなことは何度となく経験してきた。今回のような具合だ。槇が怒り出して、野原は黙り込むだけ。  そして勝手に怒った槇が、勝手に謝罪をしてきて、そして野原がよく理解しないままに収まる。正直にいうと、槇の独り相撲みたいなものだ。  しかし、今回は違っていた。野原にも意思がある。  ――どうしてだろう。実篤(さねあつ)と話をしていたら、急に胸がキュンと締め付けられるみたいに苦しくなった。  昼間、田口と話した時は、「いつものこと」と思いながら話をした。いつも通りに槇が泣き喚いて大騒ぎするだろうと彼に言った。 その時は、それでいつものように収まるのかと思っていた。  しかし、違ったのだ。  ――なんなんだろう。これは……。  胸がチクチクするのは気のせいではない。頬を流れる温かいものに気が付いて指で触れてみる。 「涙?」  泣いているのか。自分は。  ――なぜ? 悲しいのか?  だけど槇のところに戻りたいと思わなかった。戻りたくないのだ。    仲直りもしたくなかった。  それは槇が嫌いになったのではない。  ただ、――なんだかわからない、言葉にできない心のざわざわが邪魔していた。 「野原? ――野原じゃないの?」  ふと自分の名を呼ぶ人がいることに気が付いて顔を上げる。そこには、スーツを着たサラリーマンの男が数名立っていた。  その中の一人――見知った顔の男が野原の元にやってきた。 「どうしたの? こんな遅い時間に。一人で。しかも、なにかあった?」  相手の男は心配そうに野原の瞳を覗き込んだ。 「水野谷課長……」 「課長、どうしたんっすか~?」  水野谷と一緒にいた集団は、よく見ると星音堂(せいおんどう)のメンバーのようだ。今日、施設内を案内してくれた星野の顔が見えた。 「ああ、悪い。お前たち先に次の店行け。おれはもう帰るから」  水野谷はそう言うと星野にお金を渡して、さっさと立ち去らせた。 「大丈夫です。おれは、大丈夫です」  野原は首を横に振るが、彼は真面目な顔をして「一人はよくないよ」と言った。それから彼に連れられて、近所の小さな居酒屋に入った。

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