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第41話 諦めた理由
時間的にちょうど客の入れ替えだったのだろうか。カウンターの一角がぽつんと開いていた。野原はそこに座らされた。
「飲む?」
「あの……」
答えを濁す野原の様子を見て、水野谷は「冷二つ」と店主に声をかけた。
店内は焼き鳥の香ばしいにおいが漂っていた。しかし、お腹が空くことはない。いや、空いているのかもしれないが、なにも感じなかった。
「はい」
水野谷は野原にハンカチを手渡した。
「涙。拭いたほうがいい」
「すみません」
ごしごしと目元を拭いても、なんだか涙があふれてきた。
「嫌なことあった? 仕事? それともプライベートかな」
目の前に置かれたコップの日本酒を眺めて、野原はじっとしていた。
なにか話さなくてはいけないのに、言葉がうまく出てこなかったのだ。
「野原が仕事でヘマするなんて考えにくいもんね。プライベートかな?」
「……わかりません」
正直な感想だ。隣にいた水野谷は軽く口元を緩めたかと思うと、日本酒に手を着けた。
「よくわからなくて涙が出るときってあるもんだよね。うん」
「――いつもの喧嘩とは違うんです。だけど、なにが違うのかわからないんです」
「喧嘩?」
水野谷は微笑を浮かべて、野原を優しい目で見ていた。
「野原も喧嘩するんだ」
「言い合いはしません。相手が一方的に怒るだけです。いつもはそう。一方的に怒って、そして急に謝ってきて一人で終わる感じ」
「ああ、そういう人っているよね」
――いるんだ。実篤 が特別じゃない。
野原はそう理解する。
「でも今日は違ったの?」
水野谷の問いに、野原は頷いた。
「今日は……どうしてだろう。おれが話をするのを諦めてしまった」
「諦めた?」
「ええ。そうです。なんだかこれ以上、何を言っても聞いてもらえないんじゃないかって思って――」
――そう。そうなんだ。
「野原は、その相手の人に自分の気持ちを知って欲しかったんだね」
「え? 自分の気持ち。そうなのでしょうか……?」
「そうだよ。必死に伝えたかったんでしょう? 自分の気持ち。だけど激昂している相手は多分、余裕がないもんね。きっと君の気持ち、言葉に耳を傾ける準備はできていなかったんじゃないかな?」
あの時の槇は余裕がなさそうだった。追い詰められていたのは理解していた。昨晩の失態は、彼なりにショックだったに違いない。
だからこそ、料亭であんなことになった。あの時、野原は槇のやるせなさを受け入れたはずだった。
だが今日の田口との邂逅で、自分とは違った価値観があるということを知った。
そして、その価値観は自分たちの成長に大いに役立つのではないかと気が付いたのだ。
だから話をしたのに。
やはり、まだまだ未熟な槇には、その場で受け止める度量はないだろうという野原の予測は当たっていた。そこまでは予想通りだったのに。
――なぜだろう。
槇と話をしていて感じた、あの『諦めの気持ち』とは、一体なんなのだ――?
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