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第59話 人を狂わす男*

 息を呑む野原の反応は、思った通りで嬉しい。 「手、外して……」 「外すわけないだろう? こんな面白いこと」 「実篤」  不満を露わにする声色など無視。あちこちを吸い上げて、赤い跡を刻みつける。 「実篤っ、……うんッ」 「他のやつとなんてできないように、こうして痕をつけておくことにする。お前は誰かのものだって、一目見てわかるようにだ。水野谷にだって渡さないし、あの女にも」 「実篤! くすぐったい……なんの話?」 「いいの。ってか、お前、くすぐったいなんてあんの?」  柔らかい耳朶に軽く歯を立てる。 「ッ」  もう何百回とこうして体を重ねているのに、いつも新鮮に思えるのはなぜだろう?  野原の体のことは、暗闇でもわかるくらい熟知しているのに。 「ダメ……ッ、くすぐったい……つッ、」 「煽るなよ」  目元が仄かに赤らんでいる野原の頬を指でなぞり、それから腰を撫で上げてから、服を脱がせていく。  露わになった足にも同様に唇を寄せた。 「(せつ)。感じていることは言葉にしないと。伝わらないんだ」 「感じている……こと?」 「そうだよ。どうも思わないわけじゃないんだろう?」  大腿部の内側に唇を寄せて笑うと、それがくすぐったい刺激になるのだろうか。震えるように喘ぐ野原の反応は艶かしてくて、槇を興奮させるだけだった。 「あ……ッ、んん」  わざと音を立てて柔らかい内側の肉を吸い上げる。  だんだんと中心に向けて吸い上げる場所を変えると、野原の瞳が期待の色を呈した。 「焦らさないで……」 「早く触ってほしいか」  ――雪は昔からそうだ。  大人しくて、いるのかいないのかわからないような存在なはずなのに。  子供の頃から、他の子供とは違った異質なものを抱えていた。  白雪の肌に、不思議な瞳。  横沢や蛭田は、彼のその魅力に引き寄せられて、人生を棒に振ったのだ。  ――自分はどうだ?  自分もそうだ。小さいころから、野原に夢中だ。自分の人生は彼と共にあると言ってもいいくらいだ。  あの女性職員も水野谷もきっと、彼の無意識の何かに引き寄せられているに違いない。  野原雪は生まれながらにして、人を狂わす人間なのかもしれない。  焦らすように指で弄びながら、そんなことを考えていると、余計に彼が魅惑的に見えた。 「……はッ……ん」  ――人間、なのだろうか? 雪は、人間なのか? もしかして、おれはずっと何かに化かされているのだろうか。 「実篤……ッ」  はっと我に返って野原を見下ろすと、彼は息を潜めて苦しそうにしていた。 「我慢できない?」  小さく頷く様に愛おしさが募る。槇は自分も待ちきれないことに違いないと思い、慣れた手つきで野原の腰を引き寄せた。 「今日は悪いけど、ゴムしないから」 「でも」 「無理。我慢しろ」  ――嘘ばっかり。我慢なんてしない。ゴムがない方が、……ほら。気持ちいいだろう? 「は……ぁ……ん」  槇を受け入れて、自然に洩れた嬌声は生理的なものであると理解しているが、それでも槇の情欲は燃え上がるだけだった。

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