59 / 76
第59話 人を狂わす男*
息を呑む野原の反応は、思った通りで嬉しい。
「手、外して……」
「外すわけないだろう? こんな面白いこと」
「実篤」
不満を露わにする声色など無視。あちこちを吸い上げて、赤い跡を刻みつける。
「実篤っ、……うんッ」
「他のやつとなんてできないように、こうして痕をつけておくことにする。お前は誰かのものだって、一目見てわかるようにだ。水野谷にだって渡さないし、あの女にも」
「実篤! くすぐったい……なんの話?」
「いいの。ってか、お前、くすぐったいなんてあんの?」
柔らかい耳朶に軽く歯を立てる。
「ッ」
もう何百回とこうして体を重ねているのに、いつも新鮮に思えるのはなぜだろう?
野原の体のことは、暗闇でもわかるくらい熟知しているのに。
「ダメ……ッ、くすぐったい……つッ、」
「煽るなよ」
目元が仄かに赤らんでいる野原の頬を指でなぞり、それから腰を撫で上げてから、服を脱がせていく。
露わになった足にも同様に唇を寄せた。
「雪 。感じていることは言葉にしないと。伝わらないんだ」
「感じている……こと?」
「そうだよ。どうも思わないわけじゃないんだろう?」
大腿部の内側に唇を寄せて笑うと、それがくすぐったい刺激になるのだろうか。震えるように喘ぐ野原の反応は艶かしてくて、槇を興奮させるだけだった。
「あ……ッ、んん」
わざと音を立てて柔らかい内側の肉を吸い上げる。
だんだんと中心に向けて吸い上げる場所を変えると、野原の瞳が期待の色を呈した。
「焦らさないで……」
「早く触ってほしいか」
――雪は昔からそうだ。
大人しくて、いるのかいないのかわからないような存在なはずなのに。
子供の頃から、他の子供とは違った異質なものを抱えていた。
白雪の肌に、不思議な瞳。
横沢や蛭田は、彼のその魅力に引き寄せられて、人生を棒に振ったのだ。
――自分はどうだ?
自分もそうだ。小さいころから、野原に夢中だ。自分の人生は彼と共にあると言ってもいいくらいだ。
あの女性職員も水野谷もきっと、彼の無意識の何かに引き寄せられているに違いない。
野原雪は生まれながらにして、人を狂わす人間なのかもしれない。
焦らすように指で弄びながら、そんなことを考えていると、余計に彼が魅惑的に見えた。
「……はッ……ん」
――人間、なのだろうか? 雪は、人間なのか? もしかして、おれはずっと何かに化かされているのだろうか。
「実篤……ッ」
はっと我に返って野原を見下ろすと、彼は息を潜めて苦しそうにしていた。
「我慢できない?」
小さく頷く様に愛おしさが募る。槇は自分も待ちきれないことに違いないと思い、慣れた手つきで野原の腰を引き寄せた。
「今日は悪いけど、ゴムしないから」
「でも」
「無理。我慢しろ」
――嘘ばっかり。我慢なんてしない。ゴムがない方が、……ほら。気持ちいいだろう?
「は……ぁ……ん」
槇を受け入れて、自然に洩れた嬌声は生理的なものであると理解しているが、それでも槇の情欲は燃え上がるだけだった。
ともだちにシェアしよう!