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第60話 嫣然*

(せつ)は変わった」  槇を受け入れながら見上げてくる瞳は、濡れていてゾクゾクした。 「な……に?」 「おれは、いつまでたってもガキみたいなもんだ。叔父さんがいないと、なにもできない情けない男だ。雪はちゃんと仕事して、ちゃんとここまで自分の居場所を作り上げてきたじゃないか」 「それは」 「おればっかり置いてきぼりで、なんだか情けなくて。ごめん。お前に甘えてばっかりな」  ――そうだ。いつもそう。 「ねえ、実篤……」  野原は槇の首に腕を回して引き寄せる。体が近づいて、更に奥深くまで繋がり合う感覚に、野原は一瞬息を飲んだ。  そして彼の耳元で囁いた。 「そういう謝罪の言葉は、終わってから、ちゃんと土下座して言って」 「な……っ、雪っ!」  こんな雰囲気も度外視してしまう野原に笑うしかない。 「お前ねえ……萎えるから、本気でやめてよ……」  ――涙出るだろう! 「実篤が土下座して、泣くの見てみたい……」 「このサドっ! 加減なんてしてやんないんだからなっ」  耳まで真っ赤にして、怒って見せても関係ない。 「いいよ」  いつも無表情だった野原は口元に微笑を浮かべていた。  ――ああ、やはり野原は変わった。  昔の無機質な彼ではない。無理矢理犯そうとする槇に対して「やめて」と言った。  昔の彼だったら、なにごとも受け入れてしまっていただろう。いじめすら黙って受けていた男だ。  それが「やめて」と言った。激情に駆られていて気が付かなかったが、初めて見た。  今までは時々、悪戯めいたことをすると「ダメ」と言ったことはある。料亭でセックスをしたときだって、「こんなところで」とは言ったが、結局は自分を受け入れてくれた。なのに、今回は違った。  それに、この笑顔――。  拘束されたままの腕を自分の首に回し、耳元で息をする野原はまた違って見えた。自分と離れている時間、彼になにがあったのか、槇には知る由もない。しかし、それは確実に野原をまた人間らしく変化させている。  大人になってからの彼の変化は目まぐるしくて、槇はついていけていない。いつも自分が面倒をみているつもりだったのに、結局は面倒をみてもらっていたという事実。  ――おれ、本当にバカ。澤井に言われても無理もない。 「何度でも出したい。――いいだろう? 雪」  ――ああ、浅はか。でも、おれは雪のために賢くならなくてはいけない――

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