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第61話 嫉妬

 その日は無断早退という失態を野原にさせてしまったのは反省だ。さすがに課長職がそれではまずい。  あれから何度となく彼の中で果てた。無理をさせたのは重々承知だが、自分の不安を解消するためには、彼とのつながることが必要なのだ。ここ数日抱え込んでいた不安を解消するかの如く、何度も――だ。  気を張っていた野原は、眠り込んでしまった。実家に帰っていても、そう寝ていなかったのかもしれない。離れている間、野原がどんな思いで暮らしてきたのか分からないが、彼もきっと、心痛めてくれていたのだろうか?  寝入っている野原をベッドに残し、そのまま職場に連絡を入れた。定時を過ぎてしまった。  ――誰か残っているのだろうか?  正直、今更という気持ちになるが、野原のことを考えると、念のために連絡を入れておいたほうがいいと思ったのだった。 『はい、文化課の篠崎です』  あいにく、電話口に出た人間は篠崎だった。槇はバツが悪くなったが、仕方がないとあきらめた。 「槇だ。昼間は大変失礼をいたしました。野原は体調が悪く、早退させました。緊急でしたので、申し訳ない。事後報告になってしまって……」  電話口の篠崎は心配そうな声色だった。 『課長のお加減はいかがでしょうか? 私のお弁当で体調を崩されたのではないかと心配しておりました』  ――そうだった。この女。弁当で雪を誘惑しようとしていた。  槇は嫉妬心を燃え上がらせたが、彼女は淡々としていた。 『野原課長の件はすべて処理済です。早退する旨を局長にもお伝えしておきました。その件はご安心ください。それよりもお大事になさってください。槇さん』  ――あの昼間のランチ女か。総務係長の篠崎。抜け目がない。やはり侮れない。  正直、彼女の機転のおかげで大事にならなかったのだ。感謝しなければならないはずだが、槇は素直に喜べなかった。  ――女性の抜け目なさは侮れないのだ。要注意。  人事権はないが本気を出せば、それなりに圧力をかけられるはずだ。  ――あの女。雪に手を出したらただじゃすまないぞ。  槇はそんな嫉妬心を丸出しにした。  しかし意外だ。野原は、生まれてこの方、女性に興味を示したことがなかったのに、まさか、ここにきて女性の手を握るだなんて。  ――起きたら問い詰めないと。

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