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第62話 変わりたい
野原がいない時間は、自分にとったら辛いだけのものだった。ずっと一緒だったから。自分の隣には彼がいて当然だと思った。
だが当然ではないということも理解した。
野原は変わってきている。子どもの頃の陰気な暗い読書好きの男の子ではないのだ。
陶器のように白い肌。すらっと伸びた首筋。完全に白緑色になった瞳。他の誰とも相入れない雰囲気は気品がある。
「変わったんだ。雪 は」
――綺麗になったんだ。子どものままの自分とは違って。
まっすぐに自分を求めてくれる気持ち、そして自分ののとを守りたいと思っていてくれたなんて。
守られるだけの彼ではないってこと。
「おれも変わらなくちゃいけないんだ」
澤井の言葉。
久留飛 の言葉。
保住の言葉。
今まではどれも突っぱねて、受け入れるなんてことしたくなかったのに。今は違う。
「おれには足りないものだらけだ。使えるものは使う」
そう、強かに生き抜かなくてはいけないのだ。
「来年、市役所を去るだって?」
――冗談じゃない。そんなことをしてたまるか。
「おれは、しがみつく。今の地位にしがみついて、そして、」
――雪を守る。
権力が欲しいなんて、軽々しく口にしている自分は浅はか。澤井には学ぶべきことが多々ある。あの男の成し遂げたいものが何なのかわからない。だが、あの男は本気だ。命をかけても成し遂げようとしているのだ。
自分は、そこまで腹を括ることができていなかった。
――腹を括る。
たったそれだけのこと。
しかしそれは途方もなく、重い何かを背負うことになるのだ。
「いい。やってやろうじゃないか」
開け放たれたカーテンの外は暗くなり出している。窓ガラスに映った自分の顔は、そう悪くないじゃないか。
「は、おれでもこんな顔できんじゃん」
自画自賛をしていると、寝室から自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
「ここにいる」
そう言いながら寝室に顔を出すと、毛布の間から白い腕だけが出ていて、自分を探すかのように辺りを探っていた。
「雪」
大人になったと思っても、こういう仕草は小学生の頃のままだ。口元を綻ばせて、ベッドに腰を下ろしてからその手を握る。
「いる。ここにいるぞ」
槇の感触に安堵したのか、野原はひょこっと顔を出した。
「実篤」
「寝ていろよ。眠いんだろう」
「……うん」
「疲れているんだ。ごめん。おれのせいだな」
「土下座……」
「お前ねえ。いいじゃん。謝ったんだし」
「土下座」
「あのねえ……」
「嘘。別にいい」
ふふと笑みを浮かべた野原の頭をそっと撫でてあげると、彼は満足したように瞳を閉じた。
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