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番外編1ー5 一日のはじまり
じんわりと濡れてきたそこを見ていると、つい思わず――。
実篤の腰に屈みこんで、それを口に含む。彼が大きく喘ぐのがわかった。
「雪 、お前さ。その条件反射みたいに咥えてるけどさ……っ、他の男の見せられてやるなよ……つっ」
裏側を舌で舐め上げてから、ふと口を離す。
「条件反射……?」
「そうだよ。お前、無意識すぎるからな」
――そうか。そうかも。
はったとして、我に返った。
「じゃあ、止める」
「え? 嘘でしょう? ちょ、ちょっと。今は別に……」
「え? だって。実篤がダメって言ったんだから。いいじゃない」
「だから、他の男の場合って……」
「実篤と他の人と、どう違うの?」
「ど、どうって。だって、おれたちは、いいの! そういう関係性があるだろう?」
「そういうってなに?」
「だから!」
そんな押し問答をしているうちに、もうタイムリミットだ。緩められたネクタイを締めなおしてから、車を出る。
「じゃあね。実篤。気を付けて」
「お、おおいい! 雪~! おれは、どうなるんだよ!」
下半身を露出している実篤は外に出られない。なんだか不憫だけと仕方がないじゃない。大人だ。
「自分でなんとかしたら」
「雪~!!」
後ろからそんな声が聞こえてくる気がするけど、扉を閉めれば関係ない。
それよりも遅刻してしまうではないか。本当に槇実篤は頭のねじが少しおかしい。
――いや、自分もそうなのかも知れない。
だから、こうして一緒にいられるのだろうか。実篤のことを思うと、自然に口元が緩んでほころんでしまうのはどうしてなのだろうか。
職員玄関でIDをかざすと、時間は8時28分。ギリギリ遅刻は免れたようだ。文化課の扉を開けると、すれ違う職員たちに「おはようございます」と声をかけられて頭を下げる。
今日も始まるのだ。一日が。
「課長、おはようございます」
毎朝恒例になった。目の前に立つ篠崎係長。今日も彼女は女子高校生みたいだった。
「可愛い」
「えっ! だから、そういう誤解を招く言葉はお控えください」
「でも」
「また……槇さんに怒られますよ。あら! 野原課長、口元濡れていますよ――うふふ」
意味深な笑みを浮かべて篠崎係長は、湯飲みをおいて行ってしまった。
――篠崎さんは謎。この世の中で一番の謎。ああ、そうか。女性が謎だ。
指で口元を拭いながら周囲を見渡す。
男は大概、なにを考えているのか理解できるが、女性はにこやかな笑みの裏になにかが潜んでいるような気がして理解ができない。
「実篤くらい単純なほうがいい。ただの発情期」
真ん中の引き出しを開けて、お菓子の山を見ると心が落ち着いた。
「今日は……」
――これにしよう!
昨日、保住からもらったぶどう大福を掴んで心が躍った。
「美味しそう」
文化課の、野原の一日が始まった。
ー了ー
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