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番外編 僕は髪の毛を切る
あの船旅で顕さんの浮気に関する誤解が解け、ホッとした。
僕だけが彼のことを好きでしょうがないんだと思っていた。
でも、顕さんは顕さんなりにちょっと斜め上のよくわからない方向ではあったけど僕に愛情を持っていてくれた。
そして僕は髪の毛を切ることにした。
勝手に勘違いして、顕さんは髪の毛が長い女性が好きだと思ったから、伸ばしかけていたのだ。
でも、もう夏で暑いし汗で襟足に髪の毛が貼り付くのが気持ち悪いのだ。
顕さんの紹介してくれた美容室に予約をして、時間どおりに訪問した。
「こんにちは。今日はどうします?」
「長くなりすぎたんで、暑いから切ろうと思って」
「どのくらい切りましょう」
「バッサリ切って下さい。坊主とまでは言いませんけど」
「あはは、坊主は似合わなそうですよ。任せてもらってもいいかな?」
「はい。おまかせします。涼しければなんでもいいので」
「卓弥くん相変わらず見た目に頓着しないよね~」
そう言いながら担当の美容師はちゃんと綺麗に整えてくれた。
伸び切っていた後頭部がスッキリして涼しくて僕は満足した。
そう、顕さんに見られるまでは。
「顕さんお疲れ様です」
「おお、卓弥……あ、あれ?髪の毛切ったんだ?!」
「はい。暑かったから」
「へー、そうなんだ?もったいないな。長いの似合ってたのに」
あれ…もしかしてやっぱり長いのが好みだったのかな。
「あの…変ですか?似合ってない?」
「いやまさか!似合ってるよ。格好良くなった」
慌ててる。目が泳いでるし。
気に入らないんだ、僕が髪の毛切ったの。
顕さんの愛情を疑うわけじゃないけど、やっぱり僕はただのお飾りっていう感じがたまにして落ち込む。
「なあ、ごめんって。似合ってるよ本当に。涼しげだしさ」
「嘘ですね」
「おいおい、拗ねるなって」
顕さんがなだめるように僕の肩を抱く。
「長いほうが良かったんだ」
「だから…お前はどんな髪型でも綺麗だって」
「どんなのが好きなんですか。その髪型にしますから」
「はあ?そんな必要ないって」
「言わないとまた朱美みたいな子とキスします」
僕がそう言うと顕さんは急に気色ばむ。
「おい!そんなの許さないぞ!」
「じゃあ言って下さい」
僕の目が真剣なのがわかって顕さんは観念したように言った。
「前の髪型だと、ビョルン・アンドレセンみたいで良かったんだよ…」
「びょる…?なんですかそれ」
「え!知らないの?!ベニスに死すのタッジオだよ!?」
「すいません、知りません」
「美少年を追っかけ回して爺さんが死ぬ話」
「え。何そのとんでもストーリー」
「嘘……本当に知らないのか…ジェネレーションギャップ……」
顕さんは相当なショックを感じたようだ。
何やらぶつぶつ言いながら研究室に籠もってしまった。
どうやら古い映画に出てくる美少年の髪型がお好みのようだった。
僕はその名前を検索してみる。
金髪のものすごい美少年が出てきてぎょっとした。
こんな人に僕をなぞらえるなんて顕さんは目が腐ってるんじゃ…?
構造の計算で頭おかしくなったんだな。
やれやれ、やっぱり髪の毛を切って正解だった。
あんな美少年と比べられたんじゃたまらないよ。
好みの髪型に寄せようと思って聞いたけど、元ネタがあまりに綺麗すぎてそんな気も失せた。
自分は自分だ。
それから僕は冬であっても髪の毛を伸ばすことはなかった。
完
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