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ぜんぶ先生が悪いんです②
お互いに何も言わず、暫く見つめ合い……いや、俺は睨んでいるかも。とにかく焦れったくて、手を上へと滑らせる。このマイペースを動揺させてしまいたい。しかし親指で摩るように胸の先端を探し始めると、先生にその手を握り静止された。先生は口をへの字にしてややムッとした顔。
「だめ」
「俺とするの嫌ですか」
「そうじゃなくて」
握られた手をそっと天に向けて開かされ、先生はその指を一本一本丁寧に親指で撫でていく。第二関節から指の先まで、ゆっくりと触れていく。そして最後に手のひらをなでられ、くすぐったくて身震いした。
「きみは……生徒だし」
手を裏返して、今度は甲に浮かぶ骨から関節を指の先までまた丁寧に一本ずつ指が滑っていく。俺がしたようにもっと直接的に煽るように体に触れているわけではないのに、ぞくぞくと堪らない気持ちになるのは何故だろう。先生の指から目が離せない。
「いずもは、また、セフレになりたいの?」
痛いところを突かれ、弾かれるように先生の顔を見上げた。いつものやる気のない顔よりわずかに微笑んだ顔がある。
もう体の関係だけなんて嫌だ。
弄ばれて残ったのは、愛されなかった空虚感と、やたらと欲しがるこの身体だけ。
再び俯いて、首を横に振った。涙腺が緩むので瞼を擦りながら。
「僕はきみが……好きだけど。いずもは、ちがうでしょ」
「ごめんなさい」
「いい。好きになってもらう」
先生は撫で終わった手の全体を名残惜しむように包んで、中指の爪の先をちゅっと口付けた。その唇の付け方がなんだが色っぽくて胸元に力を込めてしまう。そこを舐められているのを考えて、尖らせてしまう。もうやだこの身体。
「先生の言いたいことはわかったんですけど……」
白衣の襟元を縋るように掴み、涙目で問いかける。
「身体がじんじんするのはどうすればいいですか……? このままじゃハヤトのこと思い出しちゃいます。ハヤトにされた気持ちいいこと思い出してしちゃいます……」
だから、先生がなんとかして。
そう皆までは言わないけれど、上目遣いにそして真摯に見つめ、訴えかける。ここまで言ってもらって本当に自分で情けないと思う。馬鹿な下半身だと思う。でもこのまま放置に耐えられる堪え性はない。
「わるい子」
握っていた手を離し、頬を軽く抓られる。ちっとも痛くない。
その指はフェイスラインをなぞり、首筋に触れる。あ、と声を漏らすと先生はため息をついた。吐息が熱い。
「大人を煽って。いずもは、わるい子だね」
「ごめんなさい」
「横になって」
「え?」
「早く」
いつもまったりしている先生の空気が少し張り詰めているように感じる。時計の針が少し早くなったような変わり映え。横になったら襲われてしまうかも。そういえばこのベッドでハヤトに抱かれたことがある。あの思い出が先生に塗り替えられてしまう。
嫌だと思ったけれどその思い出を残したところで何にもならないのも事実だった。緊張しながらもベッドに仰向けに横たわる。
しかし先生はベッドには来ず、一度カーテンの外へ出て椅子を持ってきた。そしてそこへ足と腕を組んで座る。
「自分で……できるよね。見ててあげるから、して」
ついさっき無理と言われたことを反芻しながらもその発言に目を丸くした。
「え、やです。無理です、そんな恥ずかしいこと……できません」
「僕は……した。昨日も。いずもで。できるよね?」
「あっ……や……」
先生も昨日したんだ。ハンカチの匂いを嗅ぎながらオナニーしたことを思い出して体のあちこちが熱を持つ。もうやだ。腰を上下にへこへこと動かして、触りたくて触りたくて仕方ない。
先生を見ればまた射抜くようにこちらを見ており、もうこんな恥ずかしいところを既に見られてると悟る。
喉を鳴らして唾を飲み込み、ズボンに手をかける。ズボンと下着をずらして熱く張り詰めた男性器を取り出すと、外気に晒されたそこはピクピクと震えている。
自分の息が荒く響いてうるさい。はぁ、はぁ、と息を切らしながら根元を握り、上へと擦り上げた。
「あぁっ……あ、あ、あ、あ」
自分を焦らすこともできず、そのまま何度も何度も擦って扱く。気持ちよさに背を反らし、腰が引けて力が入る。最初は恥ずかしいと思ったのに触ったらもうだめで、必死に自分の性器を扱き続けた。
「気持ちいい?」
「あ、あ、せんせぇ、きもちいい、きもちいです、あ、あ」
「どうなってるの……?」
「いっぱい、いっぱい、ぬれてます……っ、しゃせーしたみたい、いっぱいぬれて……きもちいいですっ……」
「えっち。ほんと……えっち」
「ごめんなさ、ぁ、あっ、ごめんなさい、は、あぁっ」
ただただ馬鹿になったみたいに激しく擦りあげているだけなのに気持ちよくて気持ちよくて、口も閉じられなくてみっともなく喘ぐ。喘がされてるのではなく、自分でしてこんなになってしまうなんて、本当になんていやらしいんだろう。こんな自分に興奮する。
えっちな自分に興奮してごめんなさい。
「せんせ、も、イッていいですか? あ、あぅ、んっ、出しても、いい?」
「え、だめ。止めて」
なんで……?
困惑しながらも素直に手を止めると、先生は椅子から離れてベッドに片膝をついた。ギシッと軋む音が腰に響く。手は出さないって言ったくせにズボンと下着を膝までずり下ろし、四つん這いになってと指示を出す。
もう何も考える頭もなく、言われたままに四つん這いになる。後ろから視線を感じむず痒い気持ちでいると、凄いと感嘆の声が漏れたのが聞こえた。
「出雲のおしり……女の子みたい……縦に、割れてる」
「あ、やだ……やめてください、恥ずかしいです」
「それに……口が、ぱくぱくしてる。中……見えそう。こんなお尻、してたんだ……?」
「せんせ、も、やです……っ……言わないで、やぁ……いじわるしないで……ください……」
我慢汁がだらりと垂れてシーツに染みを作っている。触らないで観察だけされて生殺しがすぎる。でも見られるのも気持ちいい。
「指が入るとこ……見せて」
「うぅ……」
上着のポケットから小さなクリームケースを取り出す。震える手でそれを開け、中に入っているワセリンを指で掬いとった。少し体を反らして背中からお尻の割れ目に指を滑らすと、ポケットからコンドームも落ちたのが見える。そんなことはお構いなしに尻穴の入口を揉んで馴染ませてから、ゆっくり、ゆっくり指を入れていく。
「あ……あ……」
先生の顔が近いのがわかる。長い前髪の先が時折お尻の上の方をさわさわとかするのだ。
こんなに近くでこんなに恥ずかしいところを見られてる。
興奮してもう何が何だかわからない。おしりを慣らす焦れったさだけでは飽き足らず、枕に顔を横向きに沈め、前から男性器を扱く。まるで絞り出されたかのように大量の我慢汁が漏れた。もう射精してしまっているみたいだ。
「すんなり……入るね。いずもだけ……? いずもがえっちだから?」
「や、そんな……ちがいます、そんなんじゃ……」
「こんなもの……持ち歩いてるのに?」
落ちたままのクリームケースとコンドームを拾い上げ、先生は自分の白衣のポケットにしまい、没収、とつぶやく。
「まだ、期待してる」
「そんなんじゃ……」
そんなんじゃないと言いたいが、事実期待して毎日持ち歩いているものだった。いつハヤトにまた求められても応じられるように、俺はまだ彼に持たされていたその二つをポケットに忍ばせている。
「むかつく」
「あっ……!」
大きな手がペちっと優しくおしりを叩く。そしてそのまま長い親指で穴を広げるように尻肉を引っ張る。熱いため息がかかってピクリと震えると、先生はすぐに手を離した。
「続けて」
「あの……ごめんなさ……っ」
「続けて」
「はい……」
ピシャリと突き放されたように言われて泣きそうになる。先生はいつも優しくて怒ったりしないから。でも身体の熱が逃げてないのも確かで、その悲しみは自分を慰めることで封じ込める。
「あっ……ん、ん……」
ゆっくりと外側に向かって穴を揉みこんで、少し入口を出し入れする。そして指を増やして同じことをもう一度。
「中、どうなってるの」
「あっ……あの、中……今拡がって……んん……この辺りに、あの、気持ちいいところが……あぁっ!」
指先が少し触れただけで背筋に電流が走る。はぁ、と息を吐いて逃し、今度は指の腹でゆっくり優しく押していく。男性器もゆっくり同じリズムで扱く。
「あ、あ……ああ……せん、せ……? いま、こすってるのが、ぁっ、ぜんりつせん、です……ここ、で……おちんちんも、きもちよく、あ、なっちゃいます……」
本当に、本当に気持ち良い。前立腺なでなでしながらちんちん扱くの気持ち良い。何とか説明したものの、その後はあーあー、と馬鹿みたいな声が頭から抜けていくように漏れ出て恥ずかしい。でもそれすらもどうでもいい。
「きもちい……きもちいー……あぁ、あぁ……きもちいい……せんせぇ……」
背後で唾を飲み込む音が大きく聞こえる。先生の顔は見えないけれど興奮しているんだ。きっとこんな俺の姿を見てちんちん立ってるんだ。入れてしまえばいいのに。
本当は欲しいけど、先生のことを思うとますます中が切なくなった。
先生、我慢しているんだ。泣き顔くらいで抜いちゃうのにこんなところ見て。きっと今日も俺で抜いてしまうんだ。本当は入れたい、精液かけたいって思いながらきっと一人で出すんだ。
やばい、そんなの……凄く凄く興奮する。
「せんせい……せんせぇ……おれで、ぁ、ん、おれで……きょうも、いっぱい出してッ、くださいね……っ」
中を擦る指が強くなる。ぐりぐりと押し付け、連動して尿道がビクビクする感覚に襲われる。そこを外からもぬちゅぬちゅぬちゅぬちゅと音を立てながら扱きあげる。
「あ、あ、あ、せんせいっ、せんせい……! でちゃ、でちゃう……いっちゃう、いっちゃいます、いっていいですか、あ、や、も、あぁっ」
「いいよ」
先生の手がまたおしりに触れて、すっと太ももまで撫で下ろす。たったそれだけのことでもう、もう、だめだった。
「イクとこ、見せて」
「あ、あ、いくっ、あっ、せんせい、せんせぇ、あぁぁっ!!」
排出とともに、辛うじて四つん這いのように保っていた体はずるずると落ちてベッドに沈んでいく。そのまま出してしまった精液が太ももを濡らす。シーツを汚してしまった。学校の公共物なのに。
「あー……無理」
いつもより一オクターブほど低い声を出しながら、先生は元いた椅子にどすんと勢いよく座り込んだ。そして座ったばかりなのにまた立ち上がる。
「トイレ」
「えっ……先生待って、このままじゃ……」
「休んでて……戻ってくるから。無理。トイレ」
まだぼんやりする視界で確認した先生は、表情の乏しい先生は、参ってしまったというように首を摩りながら、足早に去っていった。
あれは完全に動揺している様子だ。そうか、トイレ。
事情を理解してふふっと声を出して笑ってしまう。俺の勝ち、ですね。先生。
いい顔して戻ってきた先生とベッドの後片付けを終え、いつものソファに座っていた。先生は今日中に終わらせなければいけない書類があるらしく、デスクについている。
「先生、煙草は何を吸っているんですか」
「キャスター」
「その匂い好きです」
「うん……よかった」
上履きを脱いでソファの上で膝を抱えて座り、忙しそうな背中を見つめる。また、遠くから吹奏楽部の音楽が聞こえる。この曲はなんだっただろう。確か、去年流行った歌だ。片思いしている相手に想いを打ち明けられない歌。別に好きではないけどそこかしこで聞こえてきてその歌詞に悲しさを通り越して嫌気がさしていたことを思い出す。
「先生、卒業したら抱いてくれますか。俺が生徒じゃなくなったら」
返事はない。背中からはただペンを走らす音だけがする。
「その……世間一般的に。これくらい好意があれば、お付き合いとかしているものだと思います。先生にちゃんと、好意があります」
ペンの音が一瞬止まる。しかしまたすぐにペンは動き出す。そのままその背中は語り出した。
「僕と……恋人になって。もし彼に、誘われたら。きみは彼とする……と思う」
「それは……」
否定できない。というより肯定しかできない。多分すぐに飛びついてしまう。嫌だともう縛り付けないでくれと言いながら大層喜ぶ自分が容易に想像できる。
「無理」
また一言、そんな言葉で片付けて。
「無理って言わないでください。もう嫌いです、先生なんて」
むくれたってまた返事はなし。酷い、酷い大人。膝を抱えて顔を突っ伏して、いじけてしまう。あの彼にこんな風にしたことはない。こんな態度をとったら舌打ちをされて帰されてしまう。
でも先生は、終わったとため息をつくと、近づいてきて俯く後頭部を撫でてくれた。
「ちゃんと……好きになってほしい」
俯いたまま、こくんと頷く。そんな俺を見て、いいこ、と笑って耳元に唇を寄せて囁く。
「したい時は……また見てあげる」
離れていく気配を感じながらも、体温が上昇するのをガンガンに感じる。顔があげられない。でもきっと露出している首の後ろも、耳も真っ赤になってる。とても熱い。
もう帰りな、と言いながら先生は書類片手に保健室を出た。けれどもまだもう少し、俺はこの場から離れることができなそうだった。
ぜんぶ、ぜんぶ、先生のせい。
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