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軟禁生活はじめました①

 三枚にわたるお買い物メモを渡して先生を見送り、はじめてのお留守番をすることになった。  しかしはじめてのお留守番よりも先生のはじめてのおつかいの方がよっぽど心配である。メモを見て顔を顰めて首を傾げていた姿を思い出す。  先生、牛乳と低脂肪乳の差とかわかるのだろうか。飲むヨーグルト買ってきたらどうしよう。お砂糖やお塩など調味料も頼んだけど、三温糖と白砂糖とか違う種類のお砂糖たくさん買ってきたらどうしよう。  こうなってみるとスマートフォンを使えないのは不便である。平日だって先生に急な用事ができたりしたら知る方法がないのだし。俺に何かあって連絡するようなことは……もうこれからはないのかもしれないけれど。  先生のお家は広い。  二十階建てマンションの十二階にある、2LDKのお部屋。地下駐車場に管理組合の名前があったので分譲マンションなのだと思う。先生まだお若いしお独りなのに。  お部屋の内訳はリビングとベッドルームの他に、本棚などが置かれていて物置と化しているとお話しされていたお部屋が一つ。どの部屋も自由に出入りしていいと言われたので好奇心に誘われて物置部屋に入ってみる。  なにか小説や漫画など読んだりするのかと本棚を覗いてみたが、入っているのは専門書ばかりだった。お仕事関連と思われるものが多く、意外と勤勉なのかもしれないと思う。大学の教科書もそのまま残っている様子だ。  そしてはじめてお邪魔した時にも気になったが、何故か精神疾患関連の医学書が多い。何冊か適当にとってパラパラと捲ってみると、一冊やたらと付箋がついている本があった。  付箋のついてる箇所を開いてみれば、マーカーで線の引かれた一文が目に入る。  ――多くの患者は機能不全家族である場合が多い。養育者からの虐待やネグレクト、また養育者から無視をされたり、自分に関心を持たない人物であったことから対人関係に対する欲求をもたなくなる。  その文をもう一度ゆっくり反芻しながら血液の温度が下がっていくのを感じる。文は途中から始まっており前の頁を捲ろうとしたが、そこで玄関から物音がして急いで本を棚に戻した。  見てはいけないと言われているわけではないが、それは見てはいけないものだったような気がしたのだ。  急いで別の何か話題になりそうなものはないか背表紙に目を走らせれば、一番下の右端に卒業アルバムらしきものを見つけた。  えっ、と驚いてそれを抜くと部屋の扉がカチャリと開けられた。 「出雲……ちゃんと、いた」 「先生! おかえりなさい」  買い物袋をたくさんぶら下げた先生を見て、アルバムを置いて急いで駆け寄り袋を二つほど受け取る。両手が塞がってるのに先生は、腰を屈めて俺の頭にすりすり頬ずりしてくる。 「もう、なんですか」 「いなくなってたら、どうしようって……思ってた」 「お馬鹿さんですね。そんなわけないでしょう。そんなに心配ならどっかに繋げておきます?」  実際されたら困るのだが、つい挑発的な言葉が漏れる。俺がこういうことをいうと先生はいつも少し困った顔をしてしまう。でもそれが、なんだか唆るのだ。  先生は俺のことでたくさん悩んで、感情を揺れ動かしてる。 「なにか、面白いものは……見つけた?」  先生は俺の誘いには乗らずキッチンへと並んで歩きながら、微笑みを浮かべて聞いてきた。 「あ! あの、先生ってうちの高校のOBだったんですね? 中は拝見してませんが、卒業アルバムがありました」 「そう」 「でも大学は外部に行かれたんですね。うちは教育学部はありませんし……」 「そう」  この返事がただいつも通りの先生なのか、あまり詮索されたくなくて素っ気ないのかよくわからない。まぁでも、こんな話題を振ったところでノリノリで話し出す人でもないしな。 「あとで一緒にアルバムを見させていただいてもいいでしょうか。高校の頃のお話も聞きたいです」 「いいよ? 話すこと……ないけど」 「いえ、楽しみです」  笑いかけると、先生も微笑みを返してくれた。  さっきのマーカーが引かれた文は、保健室を利用する生徒のことかもしれない。先生はこんなに俺を求めてくれるのだから。  買い物袋の中身を広げてみれば、心配して損したと思うほど真っ当なお買い物をしてきてくれたようで安心した。ただ、なんか……購入したもののグレードが高い、ような。赤いジャージー牛乳とか自宅で見たことないんですけど。 「先生、あの! これから自炊するとなったらもう少しお安い材料でも大丈夫です!」 「うん? 値段のこと……? 見たこと、ない」 「嘘でしょう? どんな生活されてるんですか」 「こんな生活……?」  うちの高校は私立の難関校なので正規職員ならば教職員の中でもきっと先生のお給料はいい……はず。しかしこのお家といい、揃いに揃った最新家電といい、独身貴族という言葉もあるぐらいだが、そんなにお金に余裕があるのだろうか。自分と生活レベルが違いすぎてどう擦り合わせていけばいいか悩む。  でも一緒に暮らすとはいえ、甘い同棲生活をするわけではない。  甘い軟禁生活にはしたいけれど。  先生と一緒にお買い物に行ける訳でもないのだから口出しは無用なのかもしれない。  もうこれからずっと先生とお買い物に行ったりすることはないのだろうか。行ってみたかったかな。  やっと役目を果たせる大きな冷蔵庫にお肉や野菜を詰めながらそんなことを考えたら少し悲しくなってしまった。  ううん、俺はここで先生の帰りを待てばいい。 「あれ? 先生、電気シェーバー使われてませんでした?」  袋の中身は全て片付け、最後に残っていたT字剃刀を取り出し訊ねる。 「剃っちゃおうと、思って」 「えーと……? なにを?」 「これ」  突然先生の手がTシャツの裾から侵入してきて、そこに生える毛をふわふわと触った。びっくりして思わず内股になってT字剃刀も落としてしまった。 「ええっ! や、やです! ただでさえスースーするのに……」  元々体毛も薄いからここまで剃ってしまったら全身つるつるになってしまって何だか恥ずかしい。体毛濃いのも嫌だけれど、細くてふわふわした産毛のような毛しか生えておらず、それはそれで小学生みたいで気にしていた。 「でも……下着がない、から。毛が落ちる……よ?」 「そ、そんな最もらしい理由つけないでくださいよぉ……断りづらいじゃないですか」 「出雲の毛……柔らかくて……可愛いんだけど、ね?」  キッチン台に追い込まれ、男性器には触れずに上に生えた毛だけ撫でられる。でもそんなことされたらむずむずとしてしまうに決まってる。 「先生、やだ……触らないでください」 「立ってきてる?」 「もう、言わないでくださいってば……」  恥ずかしくて目を閉じて顔を逸らせば、耳元で可愛い、と囁かれる。 「剃っちゃおうか」  もうこうなると抵抗なんかできるわけがない。目を閉じたまま小さく頷くと、いい子だね、と頭を撫でてもらえた。  早速浴室に移ると先生は俺を浴槽の淵に座らせた。先生自身は俺の前にしゃがんで風呂椅子の上にシェービングクリームと剃刀、そして何故か缶チューハイを置いてシャワーを出し陰毛を濡らし始める。 「あの……」 「うん?」 「お酒飲んでたら手元が狂いませんか? 怖いんですけど……」 「平気。甘いやつだから」  いや、よくわからないです。  先生はシャワーを止め、くいっと缶チューハイに口をつけてからシェービングクリームを塗り始めた。シャワーが温かかったからヒヤッとして太ももが震える。 「泡ついてる……可愛い」 「可愛くないですよ! 先生なんでも可愛いって言えばいいと思ってませんか。それが許されるのは女子高生だけですよ」 「じゃあ、出雲を見てると……女子高生になっちゃうと……?」 「意味わかんないです」  すかさず返すと先生は珍しく、くはっと声を出して笑った。笑った顔も自然で柔らかくて、こんな状況なのにときめいてしまった。普段こんなお顔は全然見せてくれないのに。 「先生、なんだかご機嫌ですね」 「うん」  口元をゆるめて、剃刀の刃をそこに当てる。うう、怖い。もっと真面目にやってほしい。  おっかなくて見たくないけれど見ないのも怖くて、薄目を開けて剃毛されているのを見守る。ショリショリと響く音が気まずい。なにか悪戯されてしまうかもと思ったが、先生は意外と真面目に毛を剃り落としてくれている。 「素肌、出てきた」  上から覗き始めた毛が被っていたはずの部分を、指先で撫でられる。下腹部などがくすぐったいのと同じでやっぱりそこも敏感で、身体を震わせてしまった。 「危ない……じっとして」 「先生が触るからですよ……?」 「ごめんね」  謝られるともうそれ以上は何も言えず、また黙って大人しくしているしかない。  音とかばっかり気にしていたけれど、下を向くと先生の顔が凄く、その……男性器に近い。目の前にある。意識し始めたら息遣いも分かってしまって、またビクビクとしてしまいそうなのを必死で堪えた。 「出雲、エッチなこと……考えてる?」 「えぇ、そんなこと……あっ」  ついに立ってしまった。  もう嫌だこれ、すごく恥ずかしい。こんなとこ剃られてつるつるになっちゃって、しかもおちんちん立っちゃって。これでは剃られて嬉しいみたいだ。  先生が性器を下に向けて押さえながら、まだ少し残る毛を剃っていく。それでもうあと少しだ。 「うん……できた」  やはり機嫌の良さそうな声を出して、先生はシャワーで綺麗に陰毛の生えていた場所を流した。  またチューハイを煽りながらするするとそこを撫でる。 「すべすべ……かわいい」 「恥ずかしいです……子供みたい」  しかし子供みたいにつるつるだと言うのに立ち上がってしまった性器がそこにあり、もう違和感しかない光景だった。 「ぱいぱん、ぱいぱん。可愛いなぁ。出雲、可愛いね」  目の前で立ってるものなんか無視してへらへらしながら先生は剃った箇所を撫でる。  変な気分。変な気分すぎる。もうやだこの人。ていうか飲みすぎ。 「僕、小学生の時には……生えてたなぁ。出雲、小学生……可愛い」 「えっ。先生珍しいですね、そんなお話するの……」 「うん?」  聞かれてもいないのにそんなこと言うなんて今までなかった。先生が自発的に話すのは伝えたいことがある時だけで、このような楽しいけど意味のない会話をすることはない。 それだけ酔ってるのだろうか。この間あんなに飲んでもこんなになってなかったのに。

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