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第3話
次に双葉先生が来る日、まひろは緊張していた。いつもの机に座って、手のひらを握っては閉じるを繰り返している。薄っすらと手のひらに汗が出てくるのを、制服のスラックスで擦って拭う。
勢いに任せて告白した「双葉先生、好きですっ」には、双葉先生は「僕も好きだよ」と返してくれた。あれから三日、先生は冷静になって考え直したんじゃないだろうか、と気が気でない。「まひろくん、あのときのあれはなしで」なんて言われたら、今日の授業は頭に入らないだろう。
まひろの部屋の扉がノックされ、「まひろくん? こんにちは」と双葉の声がした。
「先生っ」
もう一度手のひらをスラックスで拭いてから、まひろは部屋の扉を開ける。
「いらっしゃい、双葉先生」
先生はいつもと同じ笑顔で、「まひろくん、こんにちは」と返してくれた。それだけでまひろは嬉しくなってしまう。
机の横に用意しておいた先生用の椅子に案内する。先生がそこに座る。僕はその隣の椅子に座って、「よろしくお願いします」と頭を下げる。こういうとき、どういうふうに動けばいいのか、わからない。この前までどうやって双葉先生と挨拶をしていたのか、覚えていない。
案の定「どうしたの、まひろくん」と先生に笑われてしまった。それでも先生もまひろに合わせて、ぺこりと頭を下げて「よろしくお願いします」としてくれた。
「今日は何をやる?」
先生が数冊の参考書を鞄から取り出した。
「えっと、英語の長文読解がわかりません」
ぺらぺらと教科書を捲りながら、該当のページを開いて先生に見せる。「見せて」と双葉先生の手がまひろの手から教科書を取り上げる。そのとき一瞬指先同士が触れた。まひろはどきりとする。一拍遅れてちらりと先生の方を横目で窺う。先生はどう思っているのだろう。
「どうしたの、まひろくん? 僕の顔に何か着いてる?」
双葉先生にとって、指先が触れた程度は何てことないのだろうか。まひろは少ししょげる。双葉先生は教科書をさっと読んでしまうと、まひろに教科書を返してきた。
まひろは教科書が閉じないように手で押さえながら、先生からの指示を待つ。そこに不意に、双葉先生の大きな手のひらが重なった。「え? え?」と戸惑っていると、「じゃあ、最初のセンテンスを訳して」と言われる。
「う、あ、……はい」
全然教科書に集中できないまま、まひろは最初の一文を訳す。
「そう、よくできました」
双葉先生はにこ、と笑って、重ねた手と手の指を絡める。まひろの顔は熱くなる。
中程まで翻訳する頃には、双葉先生はまひろの指のかたちをなぞったり、爪を触ったり、手のひらを重ね合わせてみたりしていた。まひろが正解を出すたびに親指を握られたりと、いろんなことをされるので、間違えられない。
僕はいやらしく絡む指同士にどきどきしながら、英語の翻訳をする。過去、こんなに緊張して英文を読んだことなどない。
「なんだ、読めるじゃない」
英文を最後まで読んだとき、双葉先生に言われた。僕はどきどきしていて、達成感どころじゃない。だって間違えたら、握っていた手のひらを外されてしまうような気がしたから。
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