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第1話『夏祭りの夜に』(1)蒼汰×夏葵
俺が夏葵 に出逢ったのは、いつもの電車での事だった。
いつものように仕事を終えて。
いつもの電車に乗って。
いつものコンビニでメシを買って。
いつもの明かりのついていないアパートに帰るはずの、あの暑い夏の日の事だった…。
「うわ、マジか…」
ホームに入ってきた電車を見た俺はため息をついた。
いつもの電車は浴衣姿のカップルや、楽しそうにはしゃぐ家族連れでごった返していた。
今日は花火大会があるんだった。
一本遅らせたらもっと混むだろう。
暑いのに元気だよなぁ…と思いながら、空いているスペースに身を押し込む。
花火大会の会場の駅まで一駅の辛抱だ。
湿気とうだるような暑さ、人のにおい。
不快さを堪えながら扉が閉まるのを待っていたら、俺くらいの歳のサラリーマンが早足でやって来た。
混み具合を見て、さすがに無理だよな…みたいな困り顔をするから、ちょっとスペースを空けて目配せをしてやった。
「あ、ありがとう…ございます」
そいつは持っていた小さなカバンを抱えて身を滑り込ませた。
扉が閉まる寸前に学生グループみたいなのが無理矢理乗り込んできたから、押し込まれる形になった俺たちは、向かい合わせで密着するハメになった。
「…っ…、すみません」
小さな声で謝るから、いや別に…と返事をする。
こんなに混んだ車内だからお互い様だ。
密着しているのはコイツだけじゃない。
背格好も同じくらいだから、正面を見ると至近距離で瞳が合う。
何となく気まずくて俺は中吊り広告に視線を移す。
そいつも気まずそうにうつむきながら抱えているカバンを見ていた。
近くの学生が持っているハンディ扇風機の風に乗って、ふわりと甘くて爽やかなにおいがする。
このサラリーマンのシャンプーか香水のにおいだろうか。
興味がわいて、改めて目の前のそいつを見る。
色白で童顔で大きな瞳。
まつ毛がくるんとカールしているのが印象的だった。
鼻筋も通っていたし、唇の形も整っている。
よく見たらかなり俺好みの可愛い顔をしていた。
この電車に乗ってよかったと、心から思った。
電車の動きに合わせて、車内はおしくらまんじゅう状態だ。
暑くて窮屈だから一刻も早く駅に着いて欲しいけど、好みの顔眺め放題な今の状況もかなりオイシイ。
そんな浮かれた気分でいると、正面に立っているそいつが顔をしかめて、何となく俺に体を寄せてきた。
何だろうと思って様子を伺うと、そいつの背後に立っている奴の硬そうな書類ケースの角が、背中に当たっていた。
咄嗟にそいつの背中と書類ケースの間に手を入れて、ちょっと抱き寄せるようにしてやると、驚いた顔で俺を見た。
大きくて潤みがちな真っ黒な瞳。
触れた背中は予想以上に華奢だった。
『色白、童顔、華奢』完全に俺の好みのタイプだった。
「次の駅まで我慢しろよ」
ちょっとカッコつけて言うと、そいつは素直にうなずいた。
手は痛いけど、いいカッコもできたし、いいにおいもするし…と、内心ニヤニヤしていたら、電車はあっという間に駅に着いた。
電車の扉が開くと花火大会に向かう人が一気に降りていく。
俺たちも巻き込まれる形でホームに降りて、よくわからないうちに離れ離れになった。
もうちょっと話してみたかったな…と思いながら乗客をやり過ごして、また電車に乗ろうとしたら、ぐいっと手を引かれた。
何だろうと思って見ると、そこにはさっきのサラリーマンが立っていた。
「あの…!花火大会…行きませんか?」
そいつはちょっと頰を染めながら可愛らしい顔でそう言った。
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