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第10話

(紫藤さんって、本当に何者なんだろう)   まだ出会って一日も経っていないのに、何か得体の知れないものを感じてしまう。  医師免許を持っている大学の保健医。それだけが唯一の事実。 (なんで、あんなに酷いことをされたのに……憎めていないのだろう)  それどころか、彼に対して興味すら湧いて来ている。それが不思議で仕方がなかった。  今までの律であれば、自分に害を成す相手には近付こうとすら思わなかったのに。これもオメガになった心境の変化なのだろうか。 「大丈夫かい、音無くん?」 「え、あ、はい!」   不意に名前を呼ばれ黒川の方を見ると、何やら複雑そうな顔をしていた。紫藤はいっそ清々しい程に変わらない笑顔で律を見ている。 「一応、君の件は伊織先輩に任せることにはなったから」 「はぁ……」 「暫くはご家族にも内密にね?」  一緒に暮らしている以上、いつかはバレてしまうとは思うけど。黒川にそう言われてハッとする。そうだ、紫藤にも実家から大学へ通っていると思われたままだった。 「あの、そのことなんですけど――」  律はポツリポツリと、今までの経緯を簡単に二人に説明し始めた。 「それじゃ、音無くんこの数週間はネカフェ暮らしだったのかい?」 「えぇ、まあ。そうなんです」  それは体調不良も起こすよと、黒川は眉を潜めた。 「まだ部屋が見つかったって言う連絡もないので、暫くはまたネカフェ暮らしになるんですけど」  出来ることなら律だってこんな生活を続けたくはない。ただ、これも自分だけではどうにもならない案件なだけ。 「その不動産屋って、何処だい?」 「え……駅前の青い屋根の不動産屋ですけど」  それを聞いた紫藤はおもむろにスマホを取り出し、診察室から出て行った。 「紫藤、さん?」 「あー……大丈夫、だと思うよ」  困ったように笑う黒川を見ていると、この人も紫藤に振り回されているんだろうなと既視感を覚える。 「気になったんですけど」 「うん?」 「黒川先生と紫藤さんって、何かあったんですか?」 「それは――うん、察してくれると有り難いかな」  何処か遠い目をしている黒川にこれ以上聞くのも申し訳ないと思い、言葉通りに察した律は追求を避けた。  世の中には知らなくても良いこともあるんだ。紫藤と黒川の間に何があったかも、きっと知らなくて良いことの方に違いない。 「伊織先輩は、悪い人じゃ……ない、筈だからさ」  少し間があったのは気にした方が良いのか、スルーした方が良いのだろうか。今回は後者にしておこう。 「僕は紫藤さんのこと、何も知らないです。けど、何でだろう。嫌いにはなれない気がするんですよね」 「君、苦労性だろう?」 「そうかもしれないですね」  そう言った矢先に紫藤が診察室へ戻って来た。  それじゃあ、行こうか? そう言って律の手を引いて診察室を出ていく紫藤。唖然とする黒川を余所に、あれよあれよと言う間に車に乗せられ連れて行かれてしまった。  前言撤回してやりたくなったのは言うまでもない。

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