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すると來が何か言いかけて、暫時動きを止めた。次に首をわずかに傾げて、聖利を覗き込んでくる。
「……聖利、おまえ何か香水つけてるか?」
「つけてない」
「甘いモン食った?」
「食べてないよ」
何を言っているのだろう。話を逸らして、一触即発のムードを緩和しようとしているのだろうか。
「來……?」
「ま、いーわ」
聖利の手を簡単に襟から外してしまうと、來は乱れた襟元のまま部屋を出て行ってしまった。
ひとり残された聖利は溢れてきそうな悔し涙を飲み込み、夕食までのわずかな時間、頭を落ち着かせようと枕に顔を埋めた。
ふと、甘い匂いという単語が過る。
もしかすると、学園か寮の来客にオメガが来ているのかもしれない。來が感じたのはオメガのフェロモン由来の甘い香りではなかろうか。
アルファの多い学校だけあって、保護者や兄弟姉妹にオメガがいる場合もある。たまに家族が面会に来ると反応してしまうアルファがいるのだ。もちろんアルファの反応には個人差があり、オメガが近くにいても抑制剤が効いていればまったく気づかないことがほとんど。逆にどれほどオメガの薬が効いていても、オメガとの間に距離があっても、気づいてしまうときは気づく。これは相性のようなものなのだろう。
「つまり、來に相性のいいオメガが近くに来ているのかな」
呟くと、ひどくみじめな気持ちになった。來はおそらく、アルファの女性かオメガをパートナーに選ぶ。選ばざるを得ない。
あの來とていつか心惹かれる相手と出会うのだろう。
“運命の番”なんて聖利は信じない。それでもアルファとオメガの相性を重視する人たちは多い。來が反応してしまうくらいの香りを持ったオメガ。
番が成立すれば、オメガのフェロモンは抑えられてしまうので、親世代のオメガに反応しているわけではない。おそらくは学生の兄弟姉妹……。
ああ、どうか來が気づきませんように。近くに相性のいいオメガが来ていると思いませんように。
彼が誰かのものになってしまえばラクだと思いながら、まだまったく覚悟が決まっていなくて笑ってしまう。
「情けない……」
聖利は枕に顔を押し付け、涙をこらえた。
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