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「わ、悪い……。本当に……」
聖利は來の顔が見られずに必死に言い訳をする。
「抑制剤、効いているはずなのに……。僕、きっとまだ不安定なんだ。身近なアルファのおまえのフェロモンに反応してしまった……他意はなくて……」
「他意、あってもいいけど」
はっと來に顔を向けると、その表情を見る前に抱き寄せられた。鼻孔に直接飛び込んでくる來の香り。ああ、これだ。聖利は一瞬にして満たされ、腰砕け状態で來に縋りついた。離れなければと頭で思うのに、身体はまったく言うことを利かない。
「オメガの本能だもんな。仕方ねぇよ」
來のささやく声。今、どんな顔をしているのだろう。どくんどくんと脈打つ身体が、來のすべてが自分にしみてくる。
「あー、やばい」
來が苦しげに呟き、いっそう強く聖利を抱き締める。そのきついくらいの抱擁も心地よくてならない。性欲も身体の奥に確かに感じる。だけど、拮抗するように癒される優しい気持ちが溢れてくる。
「來、ごめん。落ち着いたから……。もう」
「全然落ち着いてねえだろ。めちゃくちゃ甘い匂いする」
うなじに頬ずりされ、はからずも身体が期待に打ち震える。不完全なオメガなのに、首筋に彼の歯が突きたてられるのを待ってしまう。
「くそ、可愛いことすんな。おまえ、ホント」
「可愛いとか……馬鹿にするなよ……」
來の苦しげな声は、本能に抗う声。聖利も動揺で、文句にも力が入らない。
「聖利」
來が顔を覗き込んできた。來の目に情欲の光がある。それはアルファゆえの反応。やはり今すぐにでも離れなければ。間違いが起きる前に。
それなのに、聖利の身体は吸い付いたように來の腕の中から離れられない。身を引きはがそうとするのに力がまったく入らないのだ。
そんな聖利の様子をわかった上で、來は抱擁を解いてはくれない。
「緊急避難って思えよ。本能だし」
「駄目だ。アルファとオメガなんだから……」
「ヒートは起こってねえだろ? それなら、俺が我慢すりゃいい話」
甘くささやいて、來が聖利の額にキスをした。まるで、本物の恋人同士のような触れ方だった。
「もう一回眠れよ。おまえが寝たらベッドに運んでやる」
「來、ごめん……本当にごめん」
「謝んな」
聖利は來にしがみつき、そのまま眠りに落ちた。
翌朝、聖利の身体は自身のベッドにあり、來は向かいのベッドでよく眠っていた。その顔にどうしようもなく胸が疼く。
來が好きだ。
こんなこと駄目なのに。來は自分のものにならないのに。
殺した恋はいつしか強い根を張っていて、どんどん蔓を伸ばしていく。
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