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言い争いになった晩、來は部屋に戻らなかった。正確に言えば戻ったのかもしれない。しかし、聖利は会っていないし、少なくともベッドが使われた形跡はない。
來には他所に眠るベッドがあるのだ。そういった場所があるのだ。そう思うと、いっそう気持ちが暗くなる。
恋人がいるなら、こちらのことなど気遣わないでほしい。中途半端に心配されたら、意識してしまう。期待してしまう。
いや、きっと來はファーストヒートのとき、聖利に触れてしまったことを後ろめたく思っているのだろう。だから、気遣うふりをしている。対等でいてくれようとしながらも、オメガに対する心配を見せるのはそういった理由だろう。
翌日の授業には來は姿を見せた。授業はよほど面倒な時以外はサボらない來だ。どこから戻ってきたのか、普通に授業を受けている。クラスメートとも最低限会話している。ただ、聖利の方はまったく見ようとしなかった。
聖利は聖利で、自分から來には話しかけない。いつも通りすごし、放課後は生徒会室に行った。正式に入会の手続きをし、庶務の仕事を改めて申しつけられた。
聖利に対して嫌悪感を見せている直本は書記の見習いだそうだ。聖利の加入に対し、相変わらずむっとした顔をしていたが、聖利も自分からは話しかけなかった。いちいち構っていられない。
「聖利、生徒会に決めたんだな」
寮へ帰るときに知樹と会った。知樹は中等部から引き続きバドミントン部に入部したそうだ。
「運動得意だから、もったいない気がしちゃうな。あ、変な意味じゃないぞ」
「運動だけなら、ひとりでもできるからな。生徒会は今しかできない」
「そういえば、海瀬の話知ってるか? 誘いのあった運動部、全部蹴ったらしい」
來の名前にどきんとする。來は部活には入らないんじゃなかろうかとは思っていた。
「あいつも、めちゃくちゃ運動できるじゃん。記録狙えるレベルなのに。普段何やってんだろう」
「さあ、僕も知らないな」
「うちって金持ち多いけど、あいつんちは桁違いだからなー。御曹司の考えることって庶民にはわからないのかな」
來のことなんて、最初からずっとわからない。わかりたいと思っているのかもしれないし、踏み込みたくないと思っているのかもしれない。それでも、あのヒートのとき、見下ろしてきた野蛮な瞳を忘れられない自分がいる。來の内側の熱い部分に触れたような感覚。
もう味わうことなんかない。
「案外、聖利を追いかけて生徒会に入るかもしれないよな」
「はぁ?」
知樹が思わぬことを言うので、聖利は勢いよく顔を向けた。何を言っているのだろう。そんなことがあるはずない。
「海瀬、聖利のこと守る気満々って感じだもん。おまえに群がるアルファたちのこと、いつもすげぇ睨んでるし」
「まさか」
「友達だから嫌な目に遭わせたくないんだろ? そういう優しいとこ、あるんじゃないかな」
來が自分のことを友達だと思っている……。希望的な見方をすればそうなのかもしれない。だけど、聖利は來を拒絶した。彼は今日も部屋には戻らないかもしれない。
「あ、もう夕食の時間になる。急ごう」
知樹に促され、聖利は小走りで寮に向かった。
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