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「それは俺じゃないと言いたいのか?」
添川が気色ばむ。おそらく高坂やもうひとりの副寮長である島津の前では見せていないであろう顔だ。短気で傲慢な男の顔だ。
「男でも女でも、好きになった人と番になりたいと思っています」
「……きみは、好きなヤツがいるのか?」
怒りに満ちた声音で尋ねられ、図星を突かれた聖利はさっと頬が熱くなるのを感じた。照れている場合ではない。強い視線で添川を見つめ返す。はっきり言ってしまった方が伝わるかもしれない。
「います。ですので、他の誰とも番になる気はありません」
「生意気言いやがって。アルファを咥え込むのが仕事のオメガのくせに」
怒りに任せた差別的な言葉に、聖利もまた強い怒りを感じた。この男は先輩であり、寮での権力者ではあるが、尊敬に値する人間ではない。
おそらく掴みかかられても自分の方が腕力があるだろう。しかし、手荒なことをしたくない。
わなわなと震える添川の拳が胸の前で握り直された。殴りかかってきたら、一発目は殴られよう。そこからは正当防衛だ。
しかし、添川の拳が聖利に振り下ろされることはなかった。
「貧弱な腕で、聖利を殴ろうとしてんじゃねえぞ」
添川の手首をがっちりと戒めたのは、來だ。先ほどはクラスにいなかったというのに。また匂いをたどって追いかけてきたというのだろうか。
「おまえ……! 海瀬!」
問題児にして、学園の有力者の登場だ。顔は知っているのだろう、添川がのけぞる。
來は添川の腕を放り投げるように解放すると、聖利の前に割って入った。
「お引き取りくださいよ、先輩。震えているようですし、体調も悪いんでしょう。そうそう俺、最近高坂寮長と仲がいいんです。今日のこと、全部ご相談させてもらいましょうか。高坂寮長は俺の話と先輩の話、どちらを信じますかね」
慇懃無礼な態度で言い、嘲るように笑う來。極端に高圧的なのは怒っているからだ。聖利を傷つけようとしたことに対して、來はものすごく怒っている。
「クソ……! 親の金ででかい顔しやがって」
吐き捨てるように言い、添川は足早に去っていった。
來がちょっと力を込めれば、添川なんて紙クズ同然に潰されてしまうだろう。物理的にも社会的にも。それがわかるから、添川は逃げるしかないのだ。
悪漢がいなくなった廊下の片隅、授業はもう始まる時刻だ。聖利は來を見あげた。
「助かったよ」
「あんなクズ、いちいち相手にすんな。弱いクセに、自分が誰よりも上だと思ってる」
アルファの能力差を明確にすれば、この学園のアルファの頂点はやはり來だろう。学力や運動能力だけではない。圧倒的な存在感と魅力。來は誰より強く美しいアルファだ。
「ありがとう、來には助けられてばかりだ」
「言っただろう? おまえの王子だって」
ふたりは顔を見合わせて笑った。
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