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***  今朝の出来事が頭から離れない。思い返すつもりはないのに、自然とあの光景は浮かんできて、聖利の胸を熱くさせる。  中庭、薔薇の茂みの陰で來に抱き寄せられた。薄曇りの空の下、香る薔薇と來の香り。大好きな香り。  妙なことを言って、戻ってこいと懇願した來。あんなことをされては勘違いしそうになる。  來はどう思っているのだろう。來の言葉の意味はわからなくても、抱擁に滲む感情には親愛があった。  いや、それは親愛なのだろうか。熱っぽい視線と言葉の正体は……。  そこまで考えて、妄想を打ち払った。自分に都合が良すぎる解釈をすべきではない。  來が自分を好きになるはずないのだ。來にあるのは同情と責任感、それだけ。 「楠見野ー」  時刻は中休み。呼ばれて見やれば、クラスメートの向こうに副寮長の添川の姿がある。  物憂げに頬杖をついていた聖利は立ちあがり、小走りで戸口へ歩み寄った。嫌な予感がしたが、教室まで呼びに来られて追い払えない。 「なんでしょう、副寮長」 「話がある。来い」  命令口調で言われ、従順に頷いた。添川は特別棟への渡り廊下へ向かい、さらに人通りのない階段の影、奥まった一角で足を止めた。 「生徒会の件、まだ断っていないそうだな」  いきなり言われ、聖利は面食らった。生徒会に入ると宣言したはずだ。高坂や三井寺も了承済みであり、すでに生徒会での仕事もしている。  それなのに、添川だけは納得していないようだ。 「僕は生徒会で頑張りたいと思っています」  あらためて言う。相手が上級生でも、口調は毅然としたものだ。 「俺はまだきみが寮の役職に就くことを諦めていない。きみがまるでわかっていないようだからな。楠見野に相応しいのは寮の役職だ。生徒会じゃない。真に生徒を掌握できるのは寮三役なんだよ」  断言され、さすがに不快感を覚えた。なぜ、この男が決めるのだろう。そもそも寮の役職の方が優れているという思想はなんなのか。 「番の件だって、何を迷うことがある。俺がこれほど歩み寄っているんだぞ。俺の頭なら国内の大学はどこでも入れる。将来は省庁官僚だろうな。きみのご両親と同じだ。理想的なアルファだろう」 「番のことは考えていないと以前も言いました」  聖利は厳然と言いきった。内心、添川との会話の継続を困難に思い始めていた。何を言っても通じない気がする。それでも言わなければ。 「学内での活動場所を生徒会に選んだのは僕の意志です。いつか番を選ぶときも、僕の意志で選びます。メリットで選ぶのではなく心で選びます」

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