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「聖利、部屋には戻んねーのか?」  問いかけに答えずに來が尋ねてくる。聖利は頷いた。 「……その方が安全だ。抑制剤を飲んでも、おまえは僕の匂いを感じ取ってしまう。間違いを起こしてはいけない」 「間違いって誰が決めたんだよ。おまえだろ」  來が振り向いた。切なく細められたブラウンの瞳、もの言いたげな薄い唇。表情は焦りと哀切が漂っている。 「俺が聖利のことを欲しくなっておまえに触れたらそれは間違いか? そのとき、おまえは俺のこと求めてはくれないか?」 「何を言ってるんだ。僕たちは、そういう関係じゃない。ただの同級生だ」  來が近寄ってくる。強引ではなく、そっと聖利の背に腕を回し抱き寄せる。  聖利が力を入れれば、簡単に逃げられる抱擁だ。それなのに、痺れたように動けない。ヒートは起こっていないので本能的なものではない。だけど、逃げられない。 「俺にはずっと中学から夢があって、でもそれは叶わないって思ってきた。つい最近まで」 「來?」  こめかみに來の頬があたる。声が身体に直接響く。 「だけど今、奇跡みたいなことが起こってる。俺は捨てようとしてた夢に必死にすがりついてんだ」  來が言いたいことがわからない。まるでなぞかけみたいな言葉に聖利は困惑する。ただ、來の腕の中は温かく、香りは心を満たす。  そうだ、逃げられないんじゃない。逃げたくないのだ。 「聖利、部屋に戻ってこいよ……おまえがいないとつまんねぇ」 「駄目だ……來」 「嫌なことはしない。誓う」  駄目だ。來が誓ってくれても、自分は我慢できない。  來が欲しい気持ちは、離れてもなお衰えない。いや増すばかりだ。 「聖利」  來が間近く聖利の顔を見つめてくる。ああ、好きだ。こうして見つめ合えば、恋の感情に溺れてしまいそうになる。オメガの情欲で來を絡め取って、一生を縛り付けてしまいそうになる。  來の唇が近づき、抗えない力を感じたときだ。 「こちらですよー」  声と複数名が近づいてくる音が聞こえ、ふたりは慌てて身体を離した。  こそこそと薔薇の茂みに隠れると、学園の事務員が植木職人を複数名連れて案内しているのが見えた。薔薇や植木の剪定でもするようだ。  ふたりはそっと中庭を離れた。寮の前で朝練に出る知樹と会い、結局それ以上來とは話すことはできずに終わってしまった。  かえってよかったのかもしれない。あのまま一緒にいれば揺れてしまっていただろう。

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