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乱闘騒ぎはその後、大きな事件にはならなかった。やられた木崎たちが口を噤み、見ていた生徒は誰も教師に告げ口をしなかったからだ。
柔道部の木崎からすれば、無所属の來に簡単に負けたことは衝撃であり恥だ。しかも自分の言動に非がある以上強くは出られない。
周囲の人間もまた來相手に正義感を振りかざす者はいなかった。
來の進退に問題があってはと思っていた聖利にとって、このことは幸いだった。しかし、自分から來に会いにはいかなかった。礼など言われても來も困るだろうし、何より自分たちに必要なのが距離であることはわかっていた。
触れ合ってしまったことは間違いなのだ。だからこそ聖利は隔たる決断をした。
「聖利」
しかしその日、早朝の寮の前で声をかけてきたのは來だった。騒ぎから二日後、聖利がランニングに行くタイミングだった。待っていたのだろう。
「少し付き合えよ」
「付き合う理由がない」
にべもなく言い走りだそうとすると、腕を掴まれた。咄嗟に鋭くいましめを振り払う。
「離せ。おまえは、他のアルファと違うだろう。力づくはやめろ」
にらみつけ厳しい口調で言う。來がそんなことをするわけがないとわかっていても、敢えて嫌な言葉を選んだ。來が皮肉げに笑う。
「随分オメガらしくなったじゃん。自分の境遇に酔ってんのか?」
カッとして言い返そうと口を開きかけ、やめた。言い合いをしたいわけじゃないのだ。
それに來の言葉も一理ある。最近、オメガとしての思考に終始している。バース性に振り回されているのは誰よりも自分自身だと気づくと、ぞっとした。
「何か話があるのか?」
仕方なく來について歩きだす。來は手にしていた缶のカフェオレをひとつ、聖利に渡した。
「ブラック苦手だったみたいだから」
「失礼だな、飲めるよ」
「お子様舌には甘いカフェオレのほうがいいかと思った」
並んで歩きながら、そんな挑発をしてくる。つくづく來の目的がわからない。いや、そんなことも考えない方がいいのかもしれない。
梅雨に入ったばかりの薄曇りの朝だ。ふたりは寮から離れ、学園の中庭にやってきた。少し前に朝食を食べた丘はこの先だ。中庭には高芯咲きのモダンローズが咲き乱れ、強い芳香が鼻をくすぐる。
「関わらないんじゃなかったのか? 僕とは」
來の背中に呼びかける。
こちらは学校でも関わらないように必死だ。來ばかりがひょいと垣根を飛び越えてきてしまう。
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