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「來、どういうことだ」 「なんでもねーよ」  きつく睨みつけても動じる様子はない。來は横を通り抜け行ってしまう。 生徒会の仕事としてではなく、クラスメートとして聖利は來に追いすがった。腕をつかみ怒鳴るように名を呼ぶ。 「おい、來!」  來は暫時足を止め、困ったような笑顔で、聖利を見下ろした。  たった今クラスメートを秒殺でのした男の表情だろうか。 「聖利が心配することじゃない」  呆気にとられた聖利の腕をはずし、來はそのまま去っていった。聖利は、後ろ姿を呆然と眺める。  背後では木崎と友人たちがそそくさと退散していき、事情は結局わからないまま、場は散会の体となった。  ただ、その場にいた誰もが目にした、海瀬來の圧倒的な強さを。同じアルファが太刀打ちできない。ものが違う。  それは生徒たちに畏怖を植え付けるには充分のパフォーマンスだった。 「聖利!」  生徒たちを縫って駆け寄ってきたのは知樹だ。 「知樹、何があったんだ。わかるか?」 「あー……ちょっと言いづらいな」  知樹は言い淀むふうに顔を歪めたが、言わないでは聖利が納得しないことも長い付き合いで理解しているようだ。 「海瀬は聖利のためにキレたんだよ」 「え?」  気にするなよ、と前置きして知樹は言う。 「木崎が……あいつ聖利に相手にされなくて不満があるみたいで。『楠見野なんて、部屋連れ込んで押し倒せば、すぐにモノにできる。所詮オメガだ』って。その話が聞こえた海瀬が怒って……」 「そ、うだったんだ」  おそらく、知樹はだいぶマイルドに表現しているのだろう。來が怒り心頭で掴みかかる程度に、木崎は口さがない言い方をしたに違いない。  クラスメートに下衆な感情を抱かれていたことより、そのために來が怒ったことに胸を打たれた。來は聖利の名誉と貞操を守るため、危険な思想のアルファを排除しようと動いたのだ。  だから、あんな殺気立った様子だったのだろう。 「困っちゃうな……本当に」  來は過保護だ。そしてどこまでも優しい。あんな離れ方をしたのに、まだ聖利を庇い、守ろうとしてくれる。  いけないのに、期待してしまいそうになる。 「聖利、本当に気にするなよ」 知樹が聖利の浮かない様子を心配し、声をかけてくる。聖利は笑顔を作り答えた。 「ありがとう。昼食にしよう。昼休みが終わってしまう」

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