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6.頂点に立つ男-1

(本当に、もしかしての話だけど)  聖利はここ数日考えていることを反芻する。バスの車窓から見える景色を眺めながら。 (來は僕のことを、好き……なのだろうか)  來は聖利に部屋に戻ってこいと言った。添川に絡まれているところを助けてくれた。そして、キスを……。  來が何を考えているかさっぱりわからない。誰より能力があり、本人がその気になれば学年どころか学校全体も掌握できるパワーと魅力があるのに、気分屋で無気力を装う來。そんな來が聖利にだけは自分から近づいてくる。情熱を示し、心の片鱗を見せてくれる。  來の今までの行動や言動は、ただの友情や責任感ではないのだろうか。アルファとしてオメガを求めているのだろうか。  しかし、三日前の廊下でのキス以来、來は聖利に近づいてこない。もとより避けていたのはこちらであり、來が関わってこなくても文句を言える立場にはない。  もやもやする。 『好きなヤツがいるのか?』そう尋ねた來の表情は不安に揺れていた。  好きな人間がいる、と聖利は答えた。それが誰であるか、言わなかったのは勇気がなかったからだ。來に拒絶されれば、今度こそすべての関係が終わりだ。來から離れなければと思っていながら、なんて矛盾。心も身体も來から離れがたく苦しんでいる。  本当の気持ちを言えば、何か変わるだろうか。  來がもし、同じ気持ちを持っていてくれるなら。  聖利は力なくうつむいた。そんな期待をするな。自分は恋をしているから、都合よく解釈したくなるだけ。  バスは目的地の停留所に到着した。降りて見上げたのは聖利が最初に入院した大きな病院である。  午後の授業を早退して病院にきたのは抑制剤の相談をするためであった。  バース性科の外来には予約してあり、先に採血や熱や血圧などの測定を済ます。本来はヒート期に差し掛かる七月に来る予定だったのだが、予定を早めてやってきた。 「楠見野聖利くん、調子はいかがですか?」  梶医師は、落ち着いた口調で尋ねてくる。感情に乏しいと言ってもいいくらいの無表情は初めて入院したときと変わらない。 「はい。大きな問題は。ですが、抑制剤を変えてもらうことはできますか?」 「何か体調に異変がありますか? 吐き気とか」 「いえ、そうではないのですが、ひとりだけアルファの友人が僕のフェロモンの匂いを感じるそうで。……他のアルファからは言われないのですが、なぜか彼だけ」  梶は少し考えるふうに黙り、「詳しく聞かせていただけますか?」と言った。

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