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聖利は言葉を選びながら差し支えない範囲で、來のことを伝えた。抑制剤を飲んでも甘い匂いを感じると言われたこと。離れた場所にいても、匂いをたどって探されてしまうこと。
「彼はその……気遣ってくれているんです。自分のような鼻の利くアルファがいたら危ない、と」
「その彼は、聖利くんのファーストヒート時に保護してくれた青年ですか?」
「……はい」
「彼に対して性的な欲求を感じますか?」
質問に聖利はうつむいた。頬が熱く、なんと答えていいか混乱する。いや、これは真面目な質問だ。バース性にとって生殖の項目は診察の範囲なのだから。ただ、はっきりと答えるのがはばかられ、聖利は小さく頷く程度に留めた。小声で付け足しておく。
「巣作りを……してしまったことが一度」
「なるほど」
言葉を切って、梶は聖利の顔を覗き込むように見つめてくる。先ほどより熱心な様子がうかがえた。
「まずは、聖利くんの数値的に見ると、抑制剤は効いています。きみも自分で定期的に検査する方法は試していますね」
「はい」
極小の医療用注射針で血を取り簡易検査をする方法は、オメガの自己管理として習う。聖利自身、抑制剤が効いているのは数値で知っている。病院の検査なら詳細がわかるかと思ったのに、結果は変わらないようだ。
「なぜ、彼にだけ、抑制剤の効果がないのでしょうか」
「効果がまったくないわけではなく、効果が薄いのでしょう。ふむ、彼だけね」
來は能力が高いアルファだ。通常のアルファよりオメガを感じ取る力が強いのだろうか。
梶が続けた。
「聖利くん、過去の症例ですが、転化オメガには、別のアルファが関わっているケースが多く見られます」
「別のアルファ?」
聞き返す聖利に、梶はPCの液晶に視線を戻しながら頷いた。液晶には論文だろうか、英語の書面が映っている。
「ほとんどのアルファはオメガ遺伝子を持っていて、そのうち一部のアルファだけが転化因子を持っているというのが現段階でわかっていることです。ここからは海外論文の引用ですが、『転化オメガは特定のアルファと継続的、日常的に接し続けることで発現する』という説があります」
特定のアルファ。継続的、日常的に接していたアルファ……。
聖利にとってはルームメイトの來だ。
「先生、それは因子を持つアルファを、オメガに転化するよう促せるということですか?」
もし、そんな特別なアルファが來だとしたら。來はアルファをオメガに作り替えられることになる。
「飲み込みが早くて助かります。しかし、私は逆だと思っています」
にっこりと梶が笑った。彼の笑顔を初めて目にし、聖利は少なからず驚いた。
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