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第6話 情欲に駆られた獣 *

 安齋の指は熱を帯びていて火傷しそうなくらいに熱かった。 「あ――ッ、ダメ――っ! 安齋、さ……んん」  リビングにもつれ込んだかと思うか否や、安齋の強い力に躰が持っていかれる。そばにあったソファに押さえ込まれたかと思うと、上から唇を塞がれた。  彼の部屋の様子を見ている暇などない。ただ、貪るように口内を這いずり回る彼の舌の感覚に、眩暈が止まらないのだった。  いくら押し返そうとしても、それは無駄な抵抗だった。口角から溢れ出す唾液も構わずに、口付けは執拗に続く。  あげたくもない、甘ったるい声に、自分でも驚いた。  ――なに、これ!? こんな声。彼女とのキスの時だって出したことないのに。  どこから漏れ出るのだろうか。逃れようと首をもたげようとしても、それはすぐに引き戻される。  歯牙を撫でられ、口内の粘膜も全て――。目頭が熱くなる。泣きたいわけでもないのに、自然と涙が溢れた。  吉田とのキスに満足したのか、安齋は馬乗りになったまま躰を起こした。明るい部屋で、照明の影になっている彼の表情は、まるで獣みたいだった。  瞳は情欲に駆られ、ギラギラとしている。口元を舌で拭う様は、まるで獲物を見つけた肉食獣だ。  肩で息を吐き、涙と唾液でぐじょぐじょな顔をそのままに、吉田は懇願した。 「ゆ、許してください――。あの、おれが生意気だから嫌なんでしょう? こんな、こんな嫌がらせしなくてもいいじゃないですか」 「嫌がらせだと?」  彼は、自分のネクタイを引き抜き、それから吉田の手首を束ねて縛り上げた。まるで、あの夜のように――。 「おれはお前が好きなんだ。なぜ、嫌がらせなどと言うのだ? 本当に誠意のない奴だな」 「だ、だって――」  ――こんなこと、拷問じゃない。  安齋の指は、キスだけで反応してしまっている吉田の下腹部に触れた。 「――ひゃ……ッ」 「淫乱だな。お前。そんなにおれのキスがいいのか?」 「べつに、安齋さんが好きってわけではないです。だって、あんなキスされたら。頭がどうにかなっちゃいますよ」  必死の言い訳も虚しい。ベルトに手がかかり、衣類を除けるその仕草を見下ろしていると、余計に胸が高鳴った。これから起こることが脳内で再生されたからだ。案の定、彼の指が直に吉田の皮膚に触れると、電気が走ったかの如く、腰に響いて、躰が跳ね上がったのだ。 「――あっ、やだ、そこは――」 「触って欲しいのだろう?」  人差し指と中指でそっと周囲をなぞるように、じんわりと触れられると、嬌声が漏れた。 「――はっ、はぁ……、やだ、やめて……やめて、ください……」 「楽にして欲しいだろう?」 「そ、そんなこと……ッ、んん、だめ、」  艶やかな唇を見ているとたまらなくなる。次はどうなるの? 自分はどうなってしまうの?  目を細めて、先ほどから吉田を見下ろしていた安齋の視線が外れたかと思うと、すぐに悲鳴にも似た声が漏れた。  安齋が吉田のものを咥え込み、口内で刺激するのだ。 「だ、……だめです……あ、あんっ」  ――嘘でしょ!? 口でする? っつか、やばい。これ。気持ちがいい……っ。  唾液なのか。先走りの液体なのか。何が何だかわからないのに、耳をつくぬちゃぬちゃとした水音に息が、そして声が漏れ出すのだ。 「ひっ……、ダメです。安齋さ……んん」  しかし彼はお構いなしだ。吉田が否定するほど、彼の愛撫は激しさを増す。 「だ……め。出ちゃう――!」  安齋の口の中に、まさか出してしまうなんていけないことだと、頭の中では自制の声が聞こえるが、無論、躰は止まることは叶わない。  腰が震えて、吐き出す手前で、安齋は口を離しそれを手に持ち替えた。吉田は安齋の手の中で果てたのだ。 「お前、自分で抜いているのか? 濃いな」  肩で息をして、安齋の言葉に返すこともままならない。安齋は、手のひらにべっとりとまとわりついた白濁の液体を舌で舐め上げた。  その様は扇情的で、吉田の躰の奥が疼いた。 「毎日、仕事で疲れていて」  ――なんで真面目に答えるんだー!  自分にツッコミをいれても、躰は思うようではない。快楽の余韻に浸りたい。そう思っている矢先、安齋は、吉田の膝裏を掴んだかと思うと、両足を挙上し、そのまま力任せに押し広げた。  脚の付け根が露わになり、吉田は顔が熱くなる。 「や、やだ。見ないでください」 「明るいからよく見えるものだ。自慰はどうしている? 何を思って刺激をするのだ」 「な、な、そ、そんなこと……っ」  押し広げられ、少し浮ついた腰の下に手を滑り込ませたかと思うと、彼は吉田の後孔に指を這わせた。 「や、ちょっと! な、なんなんですか」 「ここに分け入ってみるのだ」 「でも、え!? そんな――ひぃっ!」  吉田の液体を媒介とし、安齋の指はそこに入り込んでくる。もちろん、そんなところをいじられるのは生まれて初めての経験だ。  吉田はさすがに、腰を捩った。 「や、ダメですー」 「指は嫌か。なら、こっちだな」  自分のベルトを外し、露わになった安齋のものは、大きく膨張し、吉田の視線を釘付けにした。まさか、これから起こることって――。 「だ、ダメ! そんな。無理。そんなの無理です」 「口応えするな。うるさいな。本当に。そう言われるとますます強引に差し込みたくなる」 「さ、差し込むって――っ! ひゃ……ん」  メリメリと肉を割って入り込んでくる安齋に、物凄い痛みを覚えた。  ほぼ悲鳴の声に、安齋は口元を歪ませて笑っていた。 「そそられるな。お前のその鳴き声」 「はっ、あ……痛っ、だ、ダメ――っ、ダメ」 「痛いからいいのだろう? これは仕置きだ。お前に奉仕してやっているのではない。お前がさっさと奉仕しろ。ほら、吉田――」  無茶な展開だった。吉田は女性との付き合いは経験済みだが、男性経験は皆無だ。それを、初めてのセックスで、馴染ませても貰えないなんて。強姦まがいの行為だった。  目の前が火花を散らす。激痛で意識が遠のきそうなのに、それを手放すことは許されない。 「お前の中は気持ちがいい。予想以上だ。吉田」 「はぁ、はっ……、あ、ああ――ん」  痛みであるはずの刺激が、快楽にすり替わるのにはそう、時間がかからないのだろうか。  先まで抜かれてから、根元まで深々と受け入れる動作が繰り返されていくうちに、それは馴染まされていくのだろうか。 「あ、あん」  短く切れる嬌声は、まるで自分の声ではないみたい。アダルト動画の女優みたいで、なんだか惨めな気持ちになるのに、それがまた、吉田を興奮させる一つの要因でもある。  グチグチ、ネチネチと粘膜同士が擦れ合う音。  安齋の軽い息遣い。  痛みはいつしか快楽へ――。 「あ、ああっ」 「お前のいいところを見つけたらしいな」 「そ、そんなもの、ありませんから……やッ」 「強がるのもいい加減にしろ。ほら――ここだ」  自分のお腹の中に、こんなにも気持ちがよい場所があるだなんて、夢にも思ってもみなかった。  そもそも、男性を受け入れるための器官ではないはずなのに。安齋の硬くなった先で、そこをぐりぐりと、刺激されると、考えられないほどの恍惚感に襲われた。  安齋の手の中で一度は絶頂を迎えたはずの場所も、熱を帯びて、硬く大きくなる。 「そんな、安齋さん、ダメです。お願い……っ」  獣が異性との交尾をするかの如く、安齋の瞳は欲に支配されていた。いつもとは違う、吉田を求めるように視線に、胸が高鳴った。  躰の内側からの刺激。それから安齋の視線。伸びてきた手が再び吉田を高みへと連れて行く。 「お前は淫乱な不良職員だな。一度のセックスで、こんなにも快楽を得るなど。言語道断。吉田。お前は本当に手がかかる。――おれが面倒をみてやらないとな」 「あ、あん――ッ」  ゆったりした動きは、小刻みにテンポを上げた。安齋が我慢できなくなったのだろう。縛り上げられた腕をなんとかしたい、なんて考える暇もなく、吉田は頭を押さえつけられ、そして容赦なく突かれた。 「あ、ああ――あ……あ」  ――だめ。また出ちゃう。こんなの……。  思考は否定的なはずなのに、何故か安齋からの刺激に抗えない。前も後ろも刺激されて、頭の中が真っ白になった。 「あ、安齋さ……ん」 「吉田。おれはお前が好きだぞ」  ――嘘ばっかり。そんなはず、ないじゃない。  何度も何度も絶頂を迎えさせられているはずなにの、安齋の行為は終わるつもりはないらしい。  安齋の欲を体内で受け取ったはずなにの、彼は出ていこうとしないばかりか、吉田の脚を持ち上げて、そのままうつ伏せにさせた。それから間髪をおかず、吉田の腰を両手で捕まえてから、躰をぶつけてきた。  うつ伏せで腰を高く持ち上げられると、羞恥心が高まった。  「だめ」「やめて」といくら叫んでも、助けがくるわけでもない。とりあえず、今は目の前の行為が終わるのを願うばかりだ。

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