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魔物と迷いの夕方

「何だよ、騒がしいな、ナツ」 「た、大変だよ!一禾、染ちゃん!」 「何だよ、煩い」 「・・・」 「あ、ふたりとも帰ってたんだ。お帰りー」 騒ぎを察知して、一禾と染が上から降りてきた。夏衣が血相を変えていて、でも多分そんなにたいしたことではないのは目に見えて分かっている。紅夜はひとり床に頭を抱えて蹲り、また独り言に耽っていて、それを面倒臭そうに珍しく覚醒している京義が見ていた。 「・・・どうしたの。皆」 「気分でも悪いのか?」 「・・・」 「そ、それが大変なんだよ!」 「なに」 「け、京義が・・・!」 「京義が?」 「・・・」 染と一禾が京義のほうをふっと見やった。あぁ、どうしてこんなことになっているのだろう。京義は違うと言いたかったが、何だかそれすらも面倒臭かった。夏衣は完全に誤解しているが、座り込んでしまっている紅夜には、その誤解を解くことは望めなさそうである。 「こ、紅夜くんを・・・!」 「何だ、喧嘩?」 「あぁ、どうしてこんな子になっちゃったんだろう!お父さん悲しいよ!」 「どの面下げて父親だよ・・・」 「ちょっと、それは大変じゃない!」 「そうだろう!一禾!それなのに君ったら俺のこと煩いだなんて!」 「ちょっと待って、煩いって言ったの染ちゃんなんだけど」 「一禾だって騒がしいって言ったじゃん」 「ニュアンス全然違うよ」 「一緒だろうが」 「そこで喧嘩してどうする・・・」 はぁと京義は皆に聞こえるように溜め息を吐いたが、誰ひとりそれに気付くものは居なかった。紅夜は座り込んで魔物だとまだ漏らしており、夏衣もひとりでパニックになっている。全くひとりでよくもまぁそんな風になれるものだ。一禾と染は、紅夜の理由以上のどうでも良いことで言い争っているし。 「大体、染ちゃんこの間玄関の掃除しなかったでしょ。お陰で俺が、炎天下の中掃除する羽目になったんだからね」 「ちが!あの時俺がレポート締め切り前だからって一禾が代わってくれるって言ったんじゃん!」 「じゃあ何で風呂掃除しなかったのさ」 「だから・・・代わって・・・」 「俺は風呂掃除と代わってあげるって言ったんだよ」 「言ってねぇし!俺はてっきり代わってくれるって言うから俺の分までやってくれるんだと思って・・・」 「はぁ?何で俺がそこまでしなきゃなんないの」 「だから、俺はレポートの締め切りが近かったから!」 「締め切り、締め切りって言うけどさ。そんなの前日まで溜めておく染ちゃんが悪いんでしょ!」 「う・・・!そ、そんなの普通だし!キヨだってそうしてるし!」 「キヨは関係ないでしょ。染ちゃんどうせホテルから出ないんだからやる時間なんて一杯あるでしょ!」 「お、俺にだってやることぐらいあるし!」 「へー、そう。ふーん、そう。何かな、是非聞きたいねぇ!」 「オイ・・・ふたりとも・・・」 「なに、京義は黙ってて!」 「・・・はぁ」 二人の口論は続いている。どうして一禾には敵わないっていつも思うのに、毎回毎回飽きもせずに染は戦おうとするのだろう、理解出来ない。京義はまた溜め息を吐いた。頭が痛い。視線を落とすとそこにはまだ紅夜が蹲っている。面倒臭い、眠いのに。京義はそう思うことしか出来ない。しかし、これをそのままにしておくのもまたややこしいことになりそうだったので、紅夜の側にしゃがんだ。 「オイ、相原」 「・・・京義・・・」 「ちょっと来い、上行くぞ」 「・・・ひ、酷いわ・・・俺が食べられへんの知ってて・・・」 「食えば良いだろ」 「何ちゅう・・・」 泣き言を漏らす紅夜の背中を押して、京義はすっかり煩くなってしまった談話室を後にした。夏衣が何か言っていたような気がしたが、京義は基本的に人の話は聞かない。外に出ると中の喧騒が嘘のように静かだった。紅夜は俯いたまま、どうせどうでも良いことを考えている。 「相原」 「・・・何やもう・・・」 「俺は関係ないって説明しとけよ」 「・・・京義は食べても太らへんのか・・・」 「は」 「ナツさんそーやもん!」 「確かにアイツは細いが」 「何やねん俺だけ!詐欺か!」 「・・・相原」 「なに!」 「痩せたいなら運動すれば良いだろ」 「・・・は、そ・・・そうか・・・!」 勿論、紅夜は奨学金生徒なので、学年で一番成績は良い。しかし、こういう言動の節々に京義はこの男に本当に、あの点数を叩き出す脳みそが詰まっているのだろうか、と考えてしまう。 「一禾の知り合いの女どもなら誰かプールぐらい持ってるだろ」 「・・・!?」 「だから俺は関係ないって・・・」 「お、俺はあんな大人にはならへんもん!」 「は」 「京義のアホ!」 「・・・」 「皆詐欺や!」 「・・・」 そう叫ぶと、紅夜は二階に駆け上がってしまった。京義はそれを見届けて、それから本日何回目かの溜め息を吐いた。これでゆっくり眠れると思えば、まぁ多少の面倒は後で何とかしようか。

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