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第8話

「間もなく山形です。仙山線(せんざんせん)左沢線(あてらざわせん)はお乗り換えです。お降りになるお客様は、お忘れ物のないよう御支度ください〜」  新幹線の車内アナウンスを聞きながら、荷物棚のリュックを降ろす。キャリーバックは、前回里帰りした時の経験を教訓に、最後尾の座席を予約して、シートの後ろに置いてあるので、降りる時に忘れないようにすれば大丈夫。  俺は、先ほどまで見ていた携帯をベルトポーチに入れ、代わりに切符を手元に用意すると、もう直ぐ駅に到着するまでの僅かな時間を待ちわびる。  山形着15時50分のつばさ139号。  時計を見るかぎり、間もなく時間通り駅に到着するだろう。兄がホテルに来れるのは18時過ぎくらいになると言っていたから、それまで2時間弱は、ゆっくり色々と用意できそうだ。  あのYouTubeセフレ暴露事件以降(サリーさんとアンナが面白がってそう呼んでいる)  俺と兄は、霞城セントラルホテルに泊まるのを、実家に行く前にするか後にするか話しあい、結果、前日の夜二人で食事をして、そのまま一緒に泊まる事に決まったのだが 「わらわら(早く)二人ぎりで会いだぇす、やっぱりうず()来る前にすんべ』 『んだげんと、わざわざ前の日あんにゃおらとホテル泊まっていぐって、おがぢゃんに変さ思われですまうんでね?』 『ああ、大丈夫大丈夫、そごは適当にごまがすす、真由も協力すてくれるって言ってっから 慎司は何も心配すねぐでいいよ。そのまま朝わらわら、一緒にうぢに行げばいい』  真由ちゃんの協力は有難いものの、兄が嘘をつくのが苦手なことを知っている俺は、かなり不安になった。 『やっぱりさ、うずに行ぐのは別々の方がいいど思う。あんにゃ車で往復するの大変だす、今度はちゃんとバスの時間も調べで、夕方ぐれに実家着ぐようにすっから、あんにゃは朝一人で先さ帰ってくれる?』 『わがったよ、んだげんと、迎えに行ぐぐらいどうってごどねんだがら、次の日も何時さ寒河江着ぐが、必ずラインすてな』  よくよく考えてみれば、兄は二度手間になってしまうし、母は、俺が来る前日の夜に、泊まりがけで出かける兄を不審に思うだろうし、一緒にホテルに泊まるのは、俺が帰る時にした方が無難だと思うのだが、兄がせっかく早く会いたがってくれているのに、反対なんてしたくない。  それに、里帰りする日が予定より遅くなってしまった分、早く二人きりで会いたい気持ちは、俺自身も凄く大きかった。  というのも、実はまだ兄には言っていないのだが、この数ヶ月の間、色々と大きな決断をせまられることがあり、9月いっぱいでお店を閉めることになったのだ。  そのための手続きに追われ、ここ1、2ヶ月は本当に目まぐるしいほど忙しく、ようやく今日、8月30日から9月3日まで、遅い盆休みを取って、山形に来ることができた。 (あーもう、早く会いたいけど、久しぶりすぎて緊張する!!どうしよう!!)  妙な高揚感に駆られ、一人心の中で叫んでいると、山形駅到着のアナウンスが流れてくる。  同時に、ベルトポーチの中にある携帯のバイブが震え、すぐ降りなくてはいけないのに、俺はつい携帯を出してラインを開いてしまう。 「そろそろ着いたか?」  思った通り、入っていたのは、絵文字を使うことのない兄からのシンプルなライン。  俺は、口元が緩んでしまうのを気にしながらも、今着いたよとだけ手早く返信すると、座席から立ち上かり、キャリーを引いて乗車口へ向かった。  ホテルの部屋に入ってすぐ、窓から一望できる、美しく澄んだ青空と山形の街のコントラストにしばし見惚れる。  兄は、霞城セントラルの中でもいい部屋をとってくれたようで、高級ホテルのように広々としているわけではないけれど、清潔感があってとても綺麗だった。 (夕食も、ホテルの懐石料理屋予約したって言ってたけど、あんにゃ無理してないかな?)  新幹線に乗っている間調べてみたら、同じ高層階にあって、夜景も楽しめる雰囲気のいいお店で、嬉しい反面、なんだか気を遣わせてしまっているようで、申し訳ない気持ちにもなる。  でも何よりも俺を動揺させたのは、部屋に一つだけある、大きなダブルベッド。 『ツインどれねがったがら、二人だど狭ぐなってすまうがもだんだげんと、ダブルベッドの部屋でいいが?』  そう聞かれた時、俺はもう、漫画みたいに鼻血でも出てくるんじゃないかというほど興奮して、兄に顔が見られない電話越しでよかったと心から思った。  ただ、誘われた時は喜びで胸がいっぱいだったのに、いざその時が近づいてくると、女しか抱いたことのないノンケの兄が、本当に男を抱けるんだろうか?やっぱり男の身体は無理だったと言われたらどうしようと、余計なことばかり考え出して不安になってくる。  自分でもネガティブすぎるのはわかっているのだが、この期に及んでこんな事を気にしだした原因は、昨夜兄から来たラインにもあった。 「明日はしぇっかぐだがら女の子の格好すてぎなよ。おらも女の格好すてる慎司ど食事でぎだら嬉すい」  多分兄は、特に深く考えず言ってきたのだろう。俺だってもちろん女装は好きなので、女の格好で兄とデートできるのはむしろ嬉しい。  だけどふと考えてしまったのだ。兄も本当は、俺が女の子の方が嬉しいのかなと…  例えば俺が妹で、本当は血が繋がっていなくてずっと両思いだったとわかったら、俺は、あんにゃのお嫁さんになれたかもしれない。  母にだって、こんな必死に隠そうとしなくてもよかったかもしれない。  俺が女だったら、人の目なんて気にせず、手を繋いでデートしたり、腕を組んで歩いたり…  考えだしたら止まらなくなって、もうとっくに納得し受け入れたはずの、自分は男であるという変えようのない事実が、今更のように心に深く影を落とす。 (あーもう!5ヶ月ぶりにあんにゃに会えるのに何ウジウジしてんの!あんにゃは、慎司ならどちらでも気にならないって言ってくれてたでしょ!)  やめやめ!と思った俺は、キャリーバックから、女装のためのメイク道具や服を出し、自分が使いやすいように整理整頓を始める。 (せっかく女の姿であんにゃとデートできるんだから、あんにゃ来る前に気合い入れて女装しよう!)  俺は気持ちを切り替え、夜の準備をするためバスルームへと向かった……  はずなのだが、ハッと気がつくと、俺はなぜか、うつ伏せ状態でベッドの上に寝転んでいる。 (ん?あれ?なんだ俺、どうしたんだ?確かホテル着いてすぐシャワー浴びて、バスローブ着て、化粧水で肌整えて…)  一つ一つ辿っていた記憶が、頭を撫でられる感触で中断した。 「起ぎだが?」  頭上から響く、兄の低く心地いい声。  いつもならうっとりするところだけど、今の俺は、ショックすぎてそれどころではない。  全部思いだした。シャワーと化粧水の後、俺は、昨日からの寝不足と疲れからか、突然とんでもない眠気に襲われ、化粧する前に少しだけと、バスローブのままダブルベッドの上にバタンと飛び込み、そこから本気寝してしまったのだ。 「びっくりさしぇでごめんな、来る前何度が電話すたんだげど全然でねがら、何があったんでねがって心配ではいってぎだっけよ」  自分のあまりの失態に、俺はすぐに顔をあげることができなくなる。 「よぐ寝でだがら起ごさね方がいいがなど思ったんだんだげんと、もう6時半だがら、レストランの予約7時だすそろそろ起ごすた方がいいがなど思って」  電話にもラインにも気づかず眠りこけていた俺を責めることなく、穏やかに話し続ける兄の言葉に、俺はまくらに顔を埋めたまま小さく頷く。  ショックで中々動けずにいる俺の頭を撫でながら、兄は心配そうに尋ねてきた。 「どうすた?やっぱり体調悪いのが?もすレストランまで行ぐの無理そうだったらキャンシェルすて」 「違うよあんにゃ!全然大丈夫!気づかないで眠っちゃっててごめん」  俺は慌てて身体を起こし、兄に謝る。  顔をあげ、ようやく目にすることができた兄は、シャツにジーンズというシンプルな格好なのにやっぱり凄く男らしくて、相変わらずめちゃくちゃカッコいい。  だからこそ余計に、風呂上がりの気の抜けた姿でいる自分が、たまらなく恥ずかしかった。  恋人になってから久々の再会で、せっかくメイクもコーデもばっちり決めて、兄が望む完璧な女装でデートにのぞもうと思っていたのに…  自分にガックリし、思わずため息をついた次の瞬間、兄が突然、俺の身体を強く抱きしめてくる。 「やっと会えた…」  熱のこもった声でそう囁かれたら、途端に、今まで頭の中でアレコレ考えていた全てがどうでもよくなった。  再会のキスがしたくて、縋るように兄を見つめたけど、兄は爽やかな笑顔を浮かべ言った。 「慎司も腹減ってんべ?おらも今日仕事終わって何も食わねで来だがら楽すみにすてだんだ」  どうやら兄は今、色気より食い気らしい。 「待ってで、今急いで化粧すてすまうがら」 「あー、別にそのままでいいぞ」  だけど、俺が立ち上がり鏡台の前に座ると、兄はラインで送ってきたことと全く違うことを言う。 「え?でもあんにゃ女装すてぎでくれたら嬉すいって」 「あー、慎司前にYouTubeで、女装すてる時の方が本当の自分で感ずするすテンションあがるって言ってただべ? 真由、おらから言わねど慎司さん遠慮すて女の子の格好でぎねんでね?って言ってぎだがら、あーゆうラインすたんだげんと、おらは本当はどっちでもいいんだよね」  兄の言葉を聞いて、そういうことだったのかと、俺は心からホッとした。  真由ちゃんまで、あんな後半から下ネタ満載の動画見たのか?と心配にもなったけど、兄や真由ちゃんの言動の理由が、俺に対する気遣いだったことがわかり心が温かくなる。 「そっか、じゃあどうしよっかな」  少しの間悩んで、俺は、せっかくメイク道具持ってきたしと、今日は女性の格好で、兄と食事することに決めた。 「美味すいっけねえ、楽すいっけねえ」 「慎司今日飲みすぎでねが?大丈夫が?」 「はあ?何言ってんのあんにゃ!水商売やってるオネエなめんなよ!」 「なめでねよ」  食事が終わり、二人でホテルの部屋に向かいながら、覚束ない足取りで歩く俺の肩を、兄が心配そうに支える。  大丈夫大丈夫と言いつつも、俺自身、いつもより少し飲み過ぎてしまった自覚はあった。  気持ち悪くなるほど飲んではいないのだが、今日あった出来事も含め、俺は一人、心の中で反省する。  最初はとても楽しかった。兄が予約してくれたお店は個室があり、平日ということもあって人も少なく夜景も綺麗で、とても雰囲気も良くて。  何より、兄と二人きりでお酒を飲めることが嬉しくて。 『あの、もすかすて昔TVに出でだオネエタレントのミサさん?』  でも途中、店員さんの一人に顔バレし、声をかけられてから雲行きが怪しくなった。 『やだ!おらタレントさん初めで生で見だんだげんと、ほんてん綺麗だね!あ、ごめんなさい、つい声がげでお邪魔すてすまって、まさがこだなとごろに芸能人の方デートにきてくれるど思わねぐで』  その時、俺は咄嗟に、その店員のおばちゃんに聞かれてもいないのに、言ってしまった。 『あ、俺たち家族で兄弟なんです、実は俺山形出身で里帰り中で』  今思えば、あんなことわざわざ言う必要はなかった。でも、もしTwitterで、元オネエタレントが県外で男とデートしていたなんて流されたら、兄にまで迷惑がかかるかもとか、家族だと言っておけばデメリットは少ないかもしれないとか、色々と考えてしまったのだ。  その後、その店員さんがテーブルに来る事はなかったけど、俺は不安定な気持ちを誤魔化すように、少し飲みすぎてしまった。  俺自身、もう引退して5年は経っているし、声をかけられる事も少なくなっていたから、油断していた部分もあったと思う。  もちろん、いいいい!と言う兄に、自分が飲んだ分のお金は払ったけど、折角二人でデートできたのに、一点の曇りもなく楽しい!ではなくなってしまったのだ。 (ああもう、余計なことばかり考えちゃうな)  部屋に辿り着き二人きりになると、俺はすぐ兄に謝った。 「なんかごめん、あんにゃはどっちでもいいって言ってぐれでだのに、おらが女装すてだしぇいで店員さんに気付がれですまって、あんにゃにまで変な気使わしぇぢゃって」  すると兄は首を横に振り、俺の頭を撫でてくる。 「全然気なんて使ってねよ。女の姿もすこだま似合ってで綺麗だす、おらはミサ姉な慎司どもデートでぎで嬉すいっけ。ほら、肩の力抜げ」  言いながら抱きしめられて、そのいつもと変わらない温もりに、心の奥底からジンワリと癒されていく。でもそれ以上に、自分の身体か、不純な熱も帯び始めていることに気づいていた。  今度こそ、このまま抱いて、キスして、何も考えられないようにして欲しい。  ただ、俺は臆病だから、もう一度だけ兄の気持ちを、本当に後戻りできなくなる前に聞きたくなった。 「あんにゃ、おら、今日はその、本気で、兄弟である事超える覚悟でぎだんだげんと、あんにゃはほんてん(本当に)大丈夫? 女装すたって、どう足掻いても、おらはやっぱり女でねす、おらが元タレントだったしぇいで、あだな風さ知んね人がら声かげられだり、これがらも多分、おらといるしぇいで…」 「今更何言ってんだよおめは!全ぐ、あの店員さんに声がげられでがら、なんか様子変だなって心配すてだら、やっぱり変な事考えでだ」  兄はそう言うと俺の手を引き、ダブルベッドの上に座らせる。  戸惑う俺の隣に腰掛け、兄は最近買ったという、俺のより少しゴツくて大きめのベルトポーチの中から、綺麗にラッピングされた小さなケースを取り出した。 「これ」 「え?」 「おめ、先週8月23日誕生日だったべ」  俺は驚き目を見開く。 「本当は、食事の時さ、ドラマみだいに渡すたがったんだんだげんと、店員さんに声がげられだっけがら」  照れ臭そうに笑うその笑顔を見ていたら、幼い頃、毎年俺の誕生日の日になると、林間学校や修学旅行で買った可愛いキーホルダーのお土産をくれた事を思い出した。  きっと、当時はプレゼントをどこかで買ってくるなんてできなかったから、子どもなりに、弟の特別な日に何かしてやろうと、誕生日までとっておいて、渡してくれていたのだろう。 「ありがとう、開けていい?」 「うん」  ケースの中に入っていたのは、碧色に輝くペンダント。俺は見て、すぐに分かった。 「ペリドット?」 「あー、あんまりおらはよぐ知んねんだんだげんと、8月の誕生石なんだべ?真由教えでぐれで。 芸能人やってだおめからすたら安物がもすれねげど」 「全然ほだなこどねよ!つけでみでいい?」 「もぢろん」  諸説色々あるけれど、俺は8月の誕生石の中で、この石が一番好きだった。  お金を稼げるようになってから、自分へのご褒美にと、初めて入ったCHANELのお店で、ゴールドのココマークにペリドットが輝くピアスを見た時、俺は故郷の青々とした夏の稲穂を思い出し、懐かしい気持ちでそのピアスを買った。  後輩のアンナには、CHANELで田んぼ思い出すって!と笑われ、サリーさんには、あんた顔派手だから、サファイア!とかルビー!みたいないかにもな濃い宝石の方が似合うわよと散々な評価だったが、俺は今も、あの日買ったピアスを大事に持っている。  でも、兄がくれたこのペンダントは、俺にとって、今まで買ったどんなに高いアクセサリーよりも、一番大切な宝物になるだろう。 「どうがな?」  サリーさんに言われた事が頭にあるので、つい遠慮がちにそう聞くと、兄は凄く似合う!と嬉しそうに言ってくれた。 「ありがとうあんにゃ、大切にするね」  俺の言葉に頷いた兄の顔が、そのまま近づいてきて、ずっと待ち望んでいた唇が、俺の唇に重なる。深くなる口付けと共に、ベッドにゆっくりと押し倒され、兄の肌の熱さと、俺とは骨格も身体の厚みも違うズッシリとした重さを感じた時、心も身体も、湧き上がってくるような歓喜に震えた。  32年間生きてきて、自分は今日初めて、ずっとずっと大好きだった男に抱かれるのだ。  だが、兄の手がいきなりスカートの中に入ってきて、もう既に反応している俺のそこに触れてきた時、俺は思わず、ノンケなのにいきなりそこから!と驚いた。  今日の俺は、襟の大きく開いたゆったりめのブラウスに、足のラインが綺麗に見える黒のロングスカートを履いていて、別に理由があるわけではないけれど、俺はてっきり、兄は上から脱がしてくるとばかり思っていたのだ。   兄は俺の履いているスカートを遠慮なしに捲り上げ、メンズ用のTバックを脱がすと、キスで舌を絡めたまま、直接そこに触れて上下に扱いてくる。兄の躊躇うことのない激しい愛撫に、さっきまで頭をよぎっていた動揺なんて、すぐに吹き飛んでしまった。 「ハッ…アッ…」 「慎司…こうすておめに触りながらキスすたぇって、ずっと思ってだ」  キスの合間、情欲と興奮を孕んだ声で囁かれ、それだけで俺の身体はビクリと跳ねてイきそうになってしまう。  ズボン越しにあたる兄のそこも、明らかに昂っていて、俺も兄を気持ちよくしたいと思った。 「あんにゃ、俺にも触らせて」  煽られるように、兄のベルトを緩めようとすると、兄は一旦俺から離れて起き上がり、自ら着ていたシャツもパンツも脱ぎ捨てる。  そして、再び俺の上にのしかかってきた兄は、まだ身に纏っていた俺の服を、全てはぎとってきた。危ないからとネックレスも外され、互いの身体の感触を確かめるように、強く抱きしめ合う。  布越しではない裸の肌に直接触れ、身体の芯が疼いて発火してしまうんじゃないかと思うほど欲情した。  互いのそれを夢中で扱いていると、兄のもう片方の手の指が、胸の先端を無遠慮に摘み、その唇で噛み付くように強く吸われる。 「ッ…アッ…」  少しだけ痛くて、思わず声が漏れてしまったけど、兄から与えられるものなら、痛みすら劣情を掻き立てる材料にしかならなかった。  野獣のように激しく自分を求めてくれることが嬉しくてたまらない。乱暴でもいいから、兄の思うまま、無茶苦茶に犯して欲しいとすら望んでしまう。  だけど、兄の手が、前から後孔へと回り込んできた時、俺は途端に我に返った。 (あ、でもこの勢いのまま入れられちゃうと、久しぶりだしキツいかも)  シャワーを浴びた時洗浄もして、夕食もあまり食べ過ぎないようにと、準備はしておいたのだが、男同士の時に使うジェルは、鏡台の引き出しに入れっぱなしで、ここで、ちょっと出していい?とも言いにくい。  セックスに慣れすぎて、大好きでたまらない兄とする時ですら、冷静にこんな事考えてしまう自分が嫌だ。 「ごめん慎司」 「え?」  と、突然兄が、俺の身体を弄っていた手を止め謝ってきた。 「おら、男同士の仕方よぐわがってねげんど、がっついだっけ(がっついてしまった)。 ちゃんと調べんなと思ってだんだんだげんと、おめがシェフレの医者どすてる姿想像すてすまって、結局勢いのまま、おめのごど抱ぐべどすてだ(抱こうとしてた)」  申し訳なさげに、率直な胸の内を明かす兄に、俺は、こういうところが好きなのだと胸が熱くなる。きっと俺は、兄になら、勢いのまま抱かれたって、痛みくらい全然我慢できてしまうだろう。  だけど、偶然なのかなんなのか、昔から兄は、俺が本音を言えずにいる時、まるでそんな俺の心の揺れを感じとるように、声をかけ、立ち止まらせてくれる。   「ううん、おら胸ねす、身体も男のままだす、あんにゃがおらに欲情すてくれるのが心配だったがら、ガッづいでぐれで嬉すいっけ。たださ、ちょっとコンドームどが持ってきていい?」 「あ、ほんじゃそごさあっず」  いつの間に用意したのか、ベッドサイドテーブルの上に、既に箱から出してあるゴムが数枚置いてある。 「これだげで、普通にすてすまって大丈夫が?」 「あ、えっとね、ちょっと待ってで」 (あーもうなんで出しとかなかったんだよ、俺)  せっかく盛り上がっていたのに、ベッドから離れて必要な物を取りに行くってなんか間抜けじゃないかと思うが仕方ない。  俺は鏡台の引き出しから、男同士でする時のジェルを出して、再びベッドに戻る。  大きな身体で、ベッドで素直にあぐらをかいて待っている兄は、なんだかとても可愛らしくて、思わず頬が緩んでしまった。 「変などごろで中断すてすまってごめんね。 男はさ、女の子みだいに濡れねがら、こだなの使った方がいいんだよね。あんにゃは何もすねぐでいいがら、ちょっと待ってでくれる」  説明しながら、まるで、歳下に性教育してるみたいだなと可笑しくなる。  ふと見ると、兄のそこは、立ち上がっているものの、この変な間のせいか、少しクールダウンしていた。あとでフェラしてあげた方がいいかなと思いながらも、俺はベッドの下にバスタオルをひき、ジェルを指にとって自ら後ろを解し始める。  と、兄がジッと見ている事に気づいた俺は、自分がとてつもなく淫乱な人間に思えて急に恥ずかしくなり、側にあった掛け布団で今更のように下半身を隠す。 「ごめん、なんかそんな見られてると…」  言い終わらないうちに、兄は俺の身体を仰向けに再び押し倒すと、舌を絡ませ深くキスをしてくる。 「慎司、俺にやらせて」  そう言いながら、兄は自らの指を、ジェルで濡らした俺の後ろに差し入れてきた。 「アッ…ン…」 「痛いが?大丈夫が?」  俺は兄にしがみつき、大丈夫だと首を振る。  男同士に慣れていない兄の指先が、俺の前立腺に触れることはない。  それでも、兄の指が俺の中に触れているという事実だけで、身体の奥底があさましく疼きだす。  視線の先に見えた兄のそこは、一度クールダウンしていたはずが、いつの間にか更に大きく昂っていて、好きな人が自分に欲情し、求めてくれる歓びに涙が溢れそうになった。 「あんにゃ、もういいからきて…」  兄は、限界まで立ち上がったそこにコンドームを装着し、俺の大きく開いた太腿を更に持ち上げると、ゆっくりと双丘の狭間に入ってくる。  初めて体感する兄の質量に圧倒されながらも、男を知っているそこは、痛みを感じることはない。でも、今兄としているセックスは、今までと全然違っていた。 「大丈夫か?」  繋がったまま、心配そうに聞いてくる兄に、俺は首を横に振って応える 「あんにゃこそキツくない?大丈夫?」  兄は、初めてキスをしたあの日と同じ熱っぽい瞳に、更に強い情欲を込めて言った。 「動くぞ、慎司、おめ見でるど、たまらねぐなる」  切羽詰まったように響く、熱を孕んだ声。  互いに触れる肌の匂いも、兄を奥に受け入れ身体を繋げている生々しい肉体の感触も、俺の妄想してきたことなんて遥かに超えていて、俺は、魂ごと揺さぶられているような感覚に陥る。  指先まで痺れるほどの快感に、喜悦の声を抑えることができなくなる。  自ら道を踏みはずしてきた俺は、例え好き同士ではなくても、気持ちよくなれる場所さえわかれば、簡単に快楽を得られることを知っていた。  だけど違うのだ。性的な快感だけじゃない。  本当に好きな人と繋がれる事が、こんなにも幸せだなんて、幸福すぎて、このまま時が止まって欲しいと願うほど切なくなるなんて、知らなかった。 「アッ…アア…」  腰を打ち付けられるたびに、身体の内側から悦楽の焔が燃え上がり、何も考えられなくなる。  もう、あんにゃ以外何もいらない。他のことなんて、何一つ考えたくない。 「あんにゃ…」 「慎司!」  互いを呼び合いながら頂点に達し、兄は崩れ落ちるように俺を抱きしめ、全身を預けてきた。  その、遠慮なしにのしかかられる重量感が心地よくて、より深く感じるために、俺は兄の身体に抱きつき目を瞑る 「ハア、どうすんべ。セックスで、こごまで気持ぢいいの初めでだ。おら、馬鹿みだいにハマってすまいそうでおっかねえ」  俺を抱きしめたまま、口を突くように出てきた兄の言葉を聞いて、俺は単純に嬉しくなる。 「おらもだよ、あんにゃ」  だが兄は、見るからに不機嫌な顔で俺を見てきた。 「どうすたの?」 「なんか、おめが余裕な感ずが悔すい、おらの方がいっぱいいっぱいで、他の奴らど比べでどうなのがどが、余計な事考えですまって」  今まで見たこともない兄の表情に、俺は、セックスに慣れてしまっている自分を後悔する。  もしあの頃の俺が、こんな未来があることを知っていたら、身体を売るという選択はしなかったかもしれない。兄にこんな顔させずに、すんだかもしれない 「あんにゃごめん、俺」  思わず謝ると、兄は慌てたように首を振った。 「違う!おらの方ごそごめん、慎司責めでるわげじゃねんだ。勝手さ嫉妬すて、こだなこど言って、いい年すてカッコ悪いなおら」  兄はそう言い、俺の頭を撫でながら口付けしてくる。その、執拗なほど絡めてくる唇と舌を受け入れながら、俺はふと、兄の表情や言葉の意味がストンと胸に落ちてきた。 (ああ、そうか)  今まで俺が見てきたのは、弟や家族に見せる、優しい兄としての顔。  嫉妬して不機嫌になった顔を、俺は兄の恋人になれたからこそ、初めて見ることができたのだ。  そう気づいた瞬間、身を焦すほどの歓びが、身体中を駆け巡る。 全部見せて欲しい。 綺麗で純粋なものじゃなくても、どんな醜い感情でもいい。 兄がくれるものなら、俺はきっと、全て歓びに変えてしまうから… 「慎司、もう一回だげいいが?」  俺の頭を撫で、遠慮がちに聞いてくる兄の表情は、いつもの優しい顔に戻っていたけど、その瞳には、情欲の熱が明らかに映し出されていて、俺は堪らなくなりながら素直に頷く。  兄は一度果てたコンドームを捨て、新しいものに変えると、再び俺の中に入ってきた。 「アッ…あんにゃ」  全て中に入り兄の背中に腕を回すと、突然動きを止め言ってくる。 「それがらさ、あんにゃもいいげんども、2人でいる時は、誠って呼んで欲すい」 「え?」  思ってもみなかった言葉に、俺はなぜかひどく動揺した。 「嫌か?」  兄の問いかけに首を振りながらも、俺は、あんにゃと呼べなくなってしまうのは、寂しいと感じている自分に気がつく。  俺が幼い頃から呼んできたあんにゃという言葉には、兄弟であるはずの兄に抱いてきた特別な恋心が、ずっと密かに込められていたから。  恋人になれたのは嬉しくてたまらないけれど、自分がもう、兄の弟ではなくなってしまうのかと思うと心細いのだ。 「俺、もうあんにゃの弟じゃなくなるの?」  口をついた言葉は、あまりにも子供じみていて、言った後、途端に恥ずかしくなる。  だけど兄は、優しい微笑みを浮かべたまま首を横に振った。 「違う、弟じゃなぐなるわげでね、おめはずっと、おらの大事な家族で、弟で、これがらはおらのお嫁さんだ」  不意にお嫁さんという言葉が兄の口から飛び出し、泣きたくなるほど感激しながらも、照れ臭くてつい茶化すように笑ってしまう。 「あんにゃ知らねがったど思うんだげんと、おらの小さな頃の夢、あんにゃのお嫁さんだったんだ」 「知ってだよ、小せえ頃、おめよぐそう言ってぐれでただべ?おらまで揶揄われだり馬鹿にされるのが嫌で、必死さ男らすく変わんべどすてくれだんだべ(変わろうとしてくれてたんだろう)?」  俺は呆然と言葉を失い、兄を見上げた。  なぜ今まで気づかなかったのだろう?  兄は、俺よりもずっと深く、松原慎司という人間を見つめ、理解し、受け止めてくれていた。  まだ年端のいかない子どもの頃から、全部全部、ちゃんと分かってくれていたのだ。  俺は、堪えきれず溢れてきた涙を隠そうとするように、兄の胸に頬をあてる。  あんにゃは何も気づいていない、わかっていないと勝手に決めつけ、家を飛び出したあの日の自分。もしあの時、互いの気持ちを正直に告げていたら、俺達はこんなにも遠回りせずにすんだのだろうか?  でも、そんな想像は不毛なifでしかない。    山形を飛び出したあと、互いの人生を歩みながらしてきた全ての選択が、きっと今に繋がっている。 「慎司の顔見しぇで、隠さねぐでいいがら、全部見しぇで、おらの名前呼んで」  兄に促され、その胸元から顔を離すと、兄は優しさと欲情を湛えた男の顔で、俺を見つめていた。 「ま、こと?」  あんにゃと呼びなれているからか、俺はすんなり誠と呼ぶ事ができず、つい疑問形になってしまう。 「なんで語尾あがってるんだよ」  不満気な声を出しつつも、兄は愛し気に目を細め、笑顔を浮かべている。 「まあ、少すずづ慣れでいげばいいが。いぐ時あんにゃって呼ばれるのも、すこだまきたがら」 「アッ…」  言いながら、腰の動きが再開され、俺は兄の背中にしがみつく。  一度目よりだいぶ余裕がでてきたのか、二度目は、マコトと呼ぶまで中々イクことを許されず、俺は散々焦らされ、兄の熱に翻弄された。  そして、夢のような一時が終わった後、俺は、身体の芯から満ちていく幸福感に包まれながら、兄の腕の中で眠りに落ちた。

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