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第1話

 僕は思わず将斗の目を凝視した。  彼は眉尻をわずかに吊り上げ、僕を見つめ返してきた。 「な? いいからそこで脱いで見せろよ」  不意に顔が熱くなる。だけどそれは恥ずかしさではなく、怒りに近い感情のせいだった。 「いいかげんにしろよ、将斗!」 「何だよ。怒ったのか、航?」 「あたりまだろ!」 「じゃエプロンはつけたままでいいから」  今年で二十五歳になる将斗は、僕より二歳年上だ。なのにこの子供じみた意地悪さは何だよ? 「僕は蛍光灯を交換してるの、忙しいの。エロオヤジに付き合ってる時間はないの」  きっと今度はおやじ扱いされた将斗が怒りだす番だ。 「いいさエロおやじでも。俺はきれいなお前を見たいだけなんだ。なんなら俺が脱がせてやるよ」  僕がいくら話しかけても、ずっとタブレットパソコンから顔を逸らさなかったくせに。勝手に風向きが変わって、急に僕に興味が向いたようだ。 「蹴られたいの?」  僕は踏み台にしていた椅子の上で、将斗の顔に向けて左足を突き出した。 「そのポーズもそそられるな」  だめだこいつ、完全にスイッチが入っている。 「いいの? まだピザは生地しか出来てないんだよ? お腹すいてんじゃないの?」 「ああ腹ペコだ。だから食前酒代わりに航が欲しくなった」  そう言い終えないうちに、将斗は大きな両手のひらで僕の脇腹を掴んだ。もう逃げられない。  もっとも、その強引さは決して嫌いじゃない。  身長が僕よりも二十センチも高い将斗は、僕を軽々と持ち上げてしまう。将斗は背が高いだけじゃなくて、筋肉も憎らしいほど蓄えている。僕は将斗の後ろにいるとすっかり隠れてしまうんだ。  がっしりとした肩、いやそれだけじゃなくて、手足が長いせいか目立たないけれど腕もかなり太いんだ。だから将斗はいつだって僕が壊れてしまわないように、優しく包み込むように抱きしめてくれる。  僕の中から抗う力も、気持ちさえもいつの間にか消えていた。  優しいキス。柔らかく、でも逆らえないほど強く抱きしめられて、僕はまた将斗との甘い夢の世界へと誘われていく。  いきなりシャツを脱がされる。その早さときたらまるで手品みたいに、僕はあっと言う間に生まれたままの姿になっていく。その間でさえ将斗は僕の全身に指を這わせ、柔らかな唇を隙間なく僕の身体に這わせていく。 「はあっっ」  自分自身の、ため息とは違う息遣いにハッと気付き、また顔が熱く火照る。 「航、お前はいつも俺を狂わせてくれるよな。お前ときたら、身体中が俺の欲望に応えてくれるんだから」  将斗の厚い手のひらは僕の一番敏感な部分に触れてくる。 「あ、やだ」 「じゃあやめるか」 「あっ……」 「なんだ。どうした?」 「やだっ」 「何が?」  僕は切なさに不安を掻き立てられる。 「泣いてるのか、航?」  将斗はひどいよ。わかっているくせに。 「ほら、泣くな。可愛いい顔が台無しだぞ」  僕は思わずしやくり上げる。 「航、もう優しくしないぞ」  わかってる。その言葉を口にする時の将斗は間違いなく欲望の全てを僕にぶつける時だ。でも僕はいつしかそれを望み、それを欲しがるようになっていた。でもそれは誰にも知られたくない。将斗にも気付かれたくない。だって自分でも恥ずかしいくらい淫らな僕がそこにはいるから。 「まだ恥ずかしいだなんて思っているのか?」  僕は両眼に滲んだ涙で霞んで見える将斗の顔を見上げた。 「お前はわかりやすいよ。お前がどんなに自分を隠そうとしても、その瞳から足の先まで嘘ひとつつけない。そしてそれを知っているのは俺だけだ」  将斗は唇を僕の瞳に押し当てた。まるで優しく涙を拭うように。 「お前の全部が欲しい」  それが将斗のいつもの合図だ。まるで猛り狂うような嵐がやって来る。僕は期待と怖れが入り混じる嵐の中に引きずり込まれていく。 「はうっっ」  さっきまでとはまるで違う将斗の荒々しい愛撫に、思わず全身が跳ねる。痛い。でもやめないで。僕は将斗の逞しい首に両腕を絡ませる。まるで弾けるような脈動を感じて、僕の身体の中心が熱く硬くなる。 「航、可愛いいよ。お前は俺のものだ」  僕の耳はまるで別の器官に変わってしまったかのように、将斗の熱量を僕の全身に伝えていく。思わず深く息が漏れ出てしまう。将斗の厚い胸はどくんどくんと早鐘を打ち、僕の身体を押し返してくる。僕は将斗から離れまいと必死に腕を伸ばし、将斗の身体にしがみつく。 「お前はお前がどれほど俺を狂わせているか気付いていないんだろうな。だから俺はお前に応えてやりたくなるんだ」  将斗の熱く濡れた唇が僕の唇に重なり、僕の頭を両手で抱え込む。僕の全てがどろどろと溶け出し、将斗の中に吸い込まれていく。 「んんっ」  将斗はいきなり唇を離すと、僕の胸の起伏に沿って、熱い唇を這わせていく。 「ああっ、だめ」  僕の口は思いと反対の言葉を意味なく繰り返す。だけど将斗の唇の動きはそんな僕の言葉を受け付けはしない。 「だめっ」  やがて将斗の唇は僕の一番熱くなった場所を探し出す。 「やめてもいいのか?」 「いや、だ。いや……」 「どっちなんだ」  僕の目頭にまた熱いものが込み上げてくる。 「わかった」  そう言うと、将斗は一気にそこを咥え込んだ。 「ああっあああっ」  そして将斗のしなやかな指が僕の隠れた本音を弄ぶ。 「くっ、あああっ」  きっと将斗の指よりも僕の方が熱いに違いない。きっとこの瞬間を待ち望んでいたに違いない。僕のお尻の一部分が、まるでそこだけ別の生き物のように蠢き、ゆっくりと将斗の指を受け入れていく。 「ああっ、将斗!」  将斗の指が深く抉っていく。ゆっくりと。 「熱いな、航。凄く熱いよ。俺を待っていたんだろう?」  僕の頭の中にはもう抵抗する気持ちも、恥ずかしさも残っていない。そこにいるのは荒い息遣いを繰り返す、将斗だけを欲しがる獣だ。 「将斗、僕の中に、僕の中に入れて!」  僕の中の獣がどんどん覚醒していく。淫らで被虐的な、きっとこれが僕の本当の姿だ。 「航、今日の俺はお前を壊してしまうかも知れないぞ」 「いいよ、将斗になら壊されても」  自分の耳を疑いたくなるような言葉も、躊躇なく口をついて出る。 「航、力を抜いて足を開け。俺にお前をようく見せてみろ」  僕は将斗の刺すよう眼差しを全身に感じた。身体が熱くなり、ぶるっと全身が震えた。将斗の大きな手のひらが僕の両脚を内側から掴み、拡げていく。  僕は目を閉じ、顎を天井に向けて突き出した。もし僕が口元を自分で押さえていなかったら、泣きそうになるくらい恥ずかしい声を上げていただろう。将斗はもう何も言わなかった。将斗は僕の身体の中心を、その口で塞いでいたのだ。  僕は手の甲を自分の口元に強く押し当てた。僕の中の獣が、あられもない唸り声を上げたりしないように。そして将斗の舌先は、僕の中心を求めて這いずり回る。ぴちゃぴちゃと淫らな音を立てながら。 「んぐぅぅっ!」 「航、声を上げてかまわないんだぞ。俺に聞かせてみろ」  今の僕に将斗に抗う術はない。今の僕に理解できるのは、将斗に導かれるまま快楽という深淵に、この身体がゆっくりと堕ちていく感覚だけなのだから。 「ああっ、やめないでお願い」  カシャン  将斗の欲望の中心に触れようと伸ばした手がついサイドテールの写真立てに触れて、音を立てた。それはまるで僕の理性が引き剥がされ、壊れていく音のようにも思えた。     続く

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