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第1話

初めて彼を見かけたのは受験の日だった。思い詰めた顔をして、この世の終わりみたいに重苦しい空気を纏ってた。 度が入ってなさそうに薄いメガネをかけて、野暮ったい髪の毛で近所の公立中学の詰襟の制服を着て…メガネの奥に見える瞳がすごく綺麗でひどく禁欲的に見えたのを覚えてる。 彼を再び見かけたのは入学式だった。 眉間に皺を寄せて、顔色は最悪で…泣きそうに潤んだ目が、やっぱり綺麗だった。 そういえば新入生代表の挨拶を頼まれたけど、断ったんだった。 それが彼に行くとは思わなかったな。 彼は鈴が鳴るような軽やかな声をしていた。 あんなに今にも死にそうな顔をしているくせに。 そのアンバランスさが危うくて、俺は目が離せなかった。 俺は基本的になんでもできる。 家にも恵まれてるし、容姿も良い方だとわかっている。 幼い頃から人が寄ってきていたし、勉強も何もかも全部がそつなくこなせてはっきり言ってつまらなかった。 中学に入れば周りにまとわりつくように女だけじゃなく男も集まってきた。 家族以外の誰かに気を許すことはなかった。 初めての時もよく俺の周りにいた先輩に誘われたので断ることもなく受け入れた。先輩は俺の下でわざとらしく喘いで、ひどく吐き気がしたのを覚えている。先輩はその後も俺にまとわりついてきたが、2度目はなかった。 ただ求められれば寝たけど、どれもしっくりくることはなかった。 ただの性欲処理、それ以上でも以下でもなかった。 高校を決める段階で親族には本来であればもう少しブランド力のある高校に行くことを求められていたけど、少しでも面白いところに行ければと思って地元から遠く離れたこの街へ来た。 家族は反対しなかった。 俺は兄のスペアであり、兄のサポートであると分かっていた。 能力があれば学歴など別に構わない。 それが北條家の考え方だったのは、本当にありがたかった。 ちょうど駅前に父親の会社で手がけた父がオーナーを務めるタワーマンションがあり、別宅か投資用にしようと購入した部屋が1部屋空いていたので高校入学を機に住むことになった。 入学式の前俺は学校に寄付金を積み彼の情報を得て、同じクラスになるよう”お願い”をした。 彼の名前は『家倉(いえくら) 泉理(せんり)』俺と同じ特進科の生徒だった。 入学式を終えてクラスに入ると、まず彼を探した。 特進科の席は成績順で決まる。 入試で1位を取った彼は一番後ろの窓際、2位だった俺は彼の隣。 成績上位者はクラスの後方、下位は前方の席になる。 つまり彼が常に一位を取り、俺がで1位を逃せばずっと席は隣となるわけだ。 「おはようございます。新入生代表やってましたよね。家倉くん、だっけ?」 「あっ、お、おはよう…ございます。そう、家倉…泉理って言います。えっと…。」 「あぁ、ボクは北條、北條礼央(ほうじょうれお)。よろしく。」 「北條くん…よろしく。」 俺の目の前に立つ彼は男だとわかるのに、その無骨なメガネから覗く瞳がキラキラと輝いて綺麗だった。 体はほっそりとしていて、首も腕もすごく細かった。 ふと彼を抱きしめたいと思ったのは最近引越しや手続きでしてなかったせいだと思う。 隣の席になった俺と彼はたまに話すぐらいの仲であった、彼はどこか一線を引くように引いていたし。 この学校に来ても俺は相変わらず周りに鬱陶しい奴らがまとわりついてきていた。 「ねぇ、北條く〜ん今日放課後空いてる?」 「あぁ、すみません。放課後は先約がありまして。」 猫をかぶるのは慣れている。 俺は人好きするような笑みを浮かべて、鬱陶しい奴らから足早に逃げる。 入学してから数ヶ月、こんな状態で彼と話すこともままならない。 彼は図書委員になり、放課後図書室へと足繁く通っている。 本当であれば同じ委員になりたがったが、図書委員は各クラス1名と定員が決まっていたため叶わなかった。 彼が放課後最終下校の時間までを過ごす図書室へと向かう。 彼は家に帰りたくないのか毎日放課後を図書室で過ごしている。 この学校の近くにかなり大きな図書館があるため、図書室の利用者はかなり少ない。 蔵書の数や施設の綺麗さなどが敵わないせいかもしれない。 そっと図書室の扉を開ければ彼は一人で貸し出しブースに座り勉強をしていた。 まだ春の気配を残す今日は暖かく、日陰であれば涼しく過ごしやすい。 彼に気づかれないようそっと窓口が見える椅子にタブレットと本を置いて腰を下ろす。 ちょうど都内に残っているバトラーの隅田から連絡が来ているはずだ。 俺は隅田からきていたメールを確認する。 隅田には彼、家倉泉理の家のことを調べさせていた。 家倉という名前には心当たりがあった。 高校に入ってから経営はまだできないので手伝いという名目だが、父親に任された会社と取引する会社に『家倉商事』があった。 所在地は越してきたこの高校の程近く。 『家倉商事』は彼、家倉泉理の父親の経営する会社だ。 調査のメールには家倉泉理のパーソナルデータだけではなく家倉商事のこと、家族のこと、そして…彼の憂いを秘めた瞳の秘密が書かれていた。 家倉(いえくら) 泉理(せんり) XXXX年○月×日生まれ(満15歳) ○○県××市に生まれる。 ・・・ なるほど、彼の憂いの理由は分かった。 端的に言うと彼は家族からの愛情を受けることなく育ったようだった。 父と長く愛人関係にあった現在の母は継母で、兄は愛人関係中にできた不義の子。 実母は病気がちで長く床に伏せていたが、泉理を産んで数年のうちに亡くなっていた。 実母が亡くなって早々に父親は愛人であって現在の妻と再婚を果たした。 実母の祖父母は既に鬼籍に入っている。 両親の経歴を見たが、典型的な学歴コンプレックスを抱えていた。 父と母からは有名私立小学校に入ることを強制されたが、体調を崩して受験に失敗。そこから彼への風当たりはかなり強くなったようだった。 中学受験の時は利き手の腕を折り、ボロボロの状態だったそうだ。案の定受験は失敗し、高校も第一志望の進学校に受験するも前日から風邪を引き思うように試験を受けることができず進学校に受かることは無かった。そして彼は滑り止めで受けていたこの私立学校へと入学したと言うわけだ。 悉く受験に失敗してきた彼は家族からは空気以下の扱いを受けているようだった。 父からは失望されて存在をないものとされ、母からは詰られ、兄からは暴力を含んだ虐げを受けているとされている。 メールを読み終わった後、深いため息が溢れた。 クズの典型のような家族、針の筵のようなそこで暮らす彼の心情はどうなっているのだろう。 受験日に見た蒼白の思い詰めた顔の理由はこれだったかと思った。後が無いそんなような顔だった。 しかし、こうもものだろうか。 もしかしたら…そう思った。 そしてメールに書かれていた『家倉商事』の状況はかなり面白いことになっていた。 これを使えば、俺は彼のことを救えるかもしれない…。 俺は簡潔に隅田へと次の指示をしタブレットを閉じる。ふと、窓口の方を見れば彼と目が合った。 俺が軽く手を振ると、彼は少しだけ体を驚かせてから薄く笑顔を浮かべると少し恥ずかしそうに手を振ってきた。 彼をの笑顔を見るのは初めてだ…。 彼の笑顔を見るとどうしてだか心の奥がふわふわと落ち着きがない。 これはなんなんだろうか、俺はまだこの浮遊感にも似た感覚の名前を知らなかった。

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