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第2話

この学校は普通科の他にスポーツに特化したスポーツ科と俺たちが通う特進科がある。 文武両道を掲げているこの学校では県内一の進学校には敵わないが、県内でも三本の指に入る程の偏差値を誇る特進科があり、その偏差値は80前後となっている。 スポーツ科も偏差値は60台後半、普通科で偏差値60に及ばない程度。 一般的な普通高校と比べればそれなりの偏差値を誇っている。 彼はよく窓の外を眺めていた。 彼の視線の先には中庭があり、よく普通科の生徒が屯ろしている。 今日も昼休み外を見れば彼の視線の先に、少し伸びた金髪で背丈のあまり大きくない男子生徒とその友達が3人でお昼ご飯を食べているのが見えた。 少し遅れてやってきたのは1年にしてスポーツ科で有名な野球部のピッチャーだった。 彼の視線は1人の生徒に注がれていた。 その生徒の名前は『清野千代太(きよのちよた)』少し伸びかけの金髪と、少し釣り上がった大きめの目、身長は平均よりもかなり小さめで楽しそうに中庭で日向で遊ぶ姿は茶トラの子猫のようだ。 一緒にいる生徒は清野と同じ普通科に通う『田中正司(たなかまさし)』と昔実家関係のパーティーで会った事がある『武田蓮(たけだれん)』、そして遅れてきたスポーツ科の生徒『五十嵐静(いがらししずか)』だ。 隅田に調べさせた情報によれば彼らは小学校からの友人で、その中でも清野と五十嵐は特に仲の良い幼馴染であり、清野は俺の住むマンションに住んでいて五十嵐の家もかなり近い事がわかった。 昼休み、彼は窓際の席に座り購買で買ったパンを食べながら雨の日以外のほぼ毎日中庭を眺めていた。 その視線の先に必ずいるのは『清野千代太』で、たまに俺から話しかけても彼は少しだけ視線を下に向けて小さな声で話すばかりで、その視線が俺に向くことはなかった。 入学して1ヶ月が経った頃、教職員からの進めもあり彼と俺は生徒会へと入ることになった。この学校では1年生に関して生徒会へ入るには教師からの推薦が必要となる。 彼と僕は信任投票で生徒会の書記に選ばれた。 「北條礼央です。よろしくお願いいたします。」 「い、家倉泉理です。よろしくお願いいたします。」 「2人ともよろしく!先生方からの評判は聞いてるよ!それに北條くんは同級生からも人気みたいだし。将来有望だな!よろしくね!」 新生徒会長は人懐っこい笑顔を見せて握手を求めてきた。 放課後生徒会室で行われた挨拶は軽いもので、顔合わせのみだったので早々にお開きになった。今生徒会室に残ったのは俺と彼だけだった。 「ほ、北條くん…これから、よろしく。」 「ああ、結局1年で生徒会に入ったのは私たちだけでしたね。」 にっこりと微笑むと、少し戸惑ったように彼が目を伏せた。 艶のある黒髪が少しだけ赤みの増した耳にかかる。 俺よりも15cmは小さい背に細い首と小さい肩。 「どうしたんですか?耳、赤くなってますよ。」 そう言って彼の耳にかかった髪の毛を払うように指の背で撫でれば、彼は少しびくりと肩を震わせて俺の顔を見た。 メガネの奥に黒目がちな大きな瞳が見える。少しばかり青みのかかった肌理の細かい白い頬は少しばかり赤みがさして、いつもより潤んだ瞳に俺の顔が映る。 いつもは映らない俺の姿が彼の目の中に見えるだけで、淡く高揚感が生まれる。 どうしてだろう、彼には俺の事を見て欲しい。 彼の頬を親指で撫ぜその肌の柔らかさが感じられる。 「ほ、北條、くん…あの、て、手が…。」 「どうしました?」 「あ、あの…。」 ああ、彼の目に俺だけを映したい。 彼の口から俺の名前だけを呼ばせたい。 苗字ではなく下の名前で俺の名前を呼んでほしい。 「ほ、北條くん…は、恥ずかしいから…て、手を離してもらえると。」 「いやだって言ったらどうしますか?」 「え?」 彼の下に降りたままの手を取ると、少し汗ばんでいて緊張からかひんやりと指先が冷たかった。少し冷たい彼の手をぎゅっと握れば、困惑したような目で俺を見る。戸惑いと少しだけ仄かに見える何かしらの感情がなんなく胸を締め付けるような気がした。 ***** あれから何事もなく数ヶ月がすぎ、季節は夏へと移り変わっていた。 隅田からは隔週で彼の家の状況や『家倉商事』に関する情報が上がってくる。 相変わらず、家では透明人間のような扱いを彼は受けているらしい。 義兄は現在家を出ているようだが、頻繁に帰っては彼に対して暴言を浴びせていた。基本的に暴力に訴えることはないらしい。義兄が直接的な暴力を振るったのはたった一度だけ、彼が中学受験を受けるときだけだ。 小学校受験の際は下剤を飲ませ、中学受験の時は階段から突き落とし、高校受験の際は水をかけた上で家から締め出したと調査書に書かれていた。 義母もそれを見ているのに咎めるどころか、義兄の行為を後押しする始末。 元々家族に興味のない父親は見て見ぬふりで、彼が失敗したことだけを責めた。 自らの私怨によって齎される負の感情を一心に受ける彼を俺は守りたいと思った。 何不自由なく暮らしてきた俺と真逆にいる彼を救えないかと…。 自分にこんな保護欲があるなんて思いもしなかった。 単なる庇護欲なのか、それともヒーローシンドロームかそれともまた別の何かなのか。思い浮かぶありとあらゆることに蓋をして、俺は隅田へと連絡を入れるのだった。

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