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第3話 Side:泉理
そこだけがキラキラと輝いているようだった。
彼を見かけたのは受験会場に向かう道すがら、同じ中学3年生とは思えない恵まれた長身と整った顔立ち。それに彼の纏うオーラはキラキラとしているのにどこか陰りを含むマットな色に見えた。
第一志望の高校受験時に高熱を出した僕は、もう後がなくてどうしてもこの高校に入らなければならなかった。そうでなければ家を追い出すと宣言されていたから。そんな暗く重い気持ちの中で彼の周りだけは僕に比べてとても鮮やかに輝いているように見えた。
次に彼を見かけたのは入学式の日だった。
僕は新入生代表として壇上に上がり少し緊張して声が上擦ってしまったけど、大役をこなして壇上から視線を移せば、彼の姿が見えた。
彼のいる席は僕と同じ特進科のエリアで、同じクラスだとわかった。
僕は朝から緊張してあまり周りが見えていなかったせいか、朝彼がクラスにいることすら気づいていなかった。
入学式が終わり保護者の方らしき人と話す彼を見かけた。彼の家族は皆美形揃いでそこだけ空気が違うような、そもそも世界すら違うような気がした。
僕の家族はもちろん来ていない。
僕は家の中でいないものとされて生きてきた。それは実母が亡くなったあの日からずっと続いてきたことだった。
何度となく義母と義兄には暴言を吐かれ、時に折檻を受けてきた。
父とは血が繋がっているけど、僕のことなんて何一つ興味がない。ただ受験に失敗したことだけをずっと詰られてきた。
あの家に僕の味方は誰1人いない。家にも帰りたくない。そしてこんな惨めな僕に友達もいなかったから、僕はいつも席では外を見ていた。
青く広がる空は自由に思えたし、僕以外のみんなが笑い合う声を聞くのは好きだった。でもそれと同時にとても苦しかった。
あのキラキラとした彼、北條礼央くんは入学時の成績が一点違いの次点ということで僕の隣の席になった。
彼の周りには常に人がいて、キラキラと僕の目にはとても眩しかった。
クラスメイトの噂話をたまたま聞いたところによれば、彼は国内でも屈指の大企業の令息で実家は都内にあるらしい。
なぜ彼はこんな実家から離れた地方都市に来ているのだろうか。
家族と離れて暮らしているという事実には羨望しかない。
でも勉強以外取り柄のない、いやその勉強すらも実力を発揮できない僕とは大違いだ。いつからこんな捻くれた考えを持つようになってしまったんだろう。
実母が生きていたあの頃、僕はもっと真っ直ぐだったはずなのに。
とある昼休み中庭を見ると一際目立つグループを見つけた。
少し伸びた金髪と少し釣り上がった大きな瞳を輝かせながら、友人と楽しそうに昼食を取る彼らはきっと普通科の生徒だろうか。4人組の彼らの中にはがっしりとした体格の2人がいる…そのうちの1人は確かスポーツ科の特待生だった気がする。
彼ら4人組の周りは今まで見たことないぐらい空気が華やいで見えた。
楽しそうに笑う彼らが眩しくて仕方がなかった。
金髪の彼の表情はくるくると変わる。楽しくてしょうがない…そんな表情だ。
家族にも友人にも愛されていると一目でわかるような彼のことをいつの間にか僕は目で追っていた。
「家倉、生徒会に興味はないか?」
担任と学年主任の先生に廊下で呼び止められ、突然生徒会への勧誘にあった。
正直家にすぐ帰らなくていいのであればなんでもよかった。
そのために放課後仕事のある図書委員になった。部活動に入ることも考えたけど小中学校と大した部活動も行ってこなかった僕は、どれに入ったらいいか分からず決めかねていた。
1年生が生徒会に入るには教師からの推薦と生徒からの信任票で決まるらしい。
クラスでも特に目立つことはしていないけど、公然と家に帰らなくてもいい理由になるならと僕はその打診に頷いた。
結局1年で選ばれたのは北條くんと僕で、信任投票はめでたく可決された。
ある日の放課後生徒会室で新生徒会の面々と顔合わせが行われた。
「2人とも先生方からの評判いいみたいだね、新1年生のなかではさすがダントツで選ばれたらしいよ!北條くんなんか1年だけじゃなく2、3年生からも人気らしいじゃんさすが〜!これはゆくゆくは2人が生徒会長と副会長かな〜!」
新生徒会長の先輩は人懐っこい笑顔で握手をしながら手をブンブンと振って来る。なんだか嬉しそうに話す先輩の笑顔はとても眩しかった。
みんな僕とは違う。すごく綺麗でキラキラとした笑顔だ。
卑屈になりそうな心が顔を出しそうになるのをなんとか押しとどめる。
気づけば生徒会室には北條くんと僕だけになっていた。
先ほどまでいた会長は部活のことで顧問の先生に呼ばれて行ってしまった。
戸締りは先輩がしてくれるらしいので落ち着いたら今日は自由に帰っていいよと笑顔で生徒会室を出て行った。
「ほ、北條くん…あ、あのこれからよろしくね。」
「ああ、結局1年で生徒会に決まったのは家倉くんと私だけでしたね。」
少し低い声が心地よく僕の耳に届いた。
クラスで彼が他の生徒と話している時にも思ったけど、彼はとても優雅に話す。
ゆったりすぎないスピードで話す彼の声はとても綺麗だと思った。
にこりと笑った彼の顔は何度見てもやはり整っていて、うまく目線を合わすことができない。
なんでだかとてもドキドキしてしまうのだ。
自分のセクシャリティに気づいたのは小学校の頃だったか、初恋とも呼べない淡い気持ちを抱いたのは自分より背の高い面倒見のいい同級生の男の子だった。
家ではテレビなんて見れなかったし、勉強しかさせてもらえなかった僕はそう言ったことにとても疎い。
ただ、僕が人とは違うセクシャリティなのだと中学に入ってから知ることになる。
中学の頃クラスメイトの男の子が学校に、女性が載っている少し如何わしい雑誌を持って来ていた。
誰かが面白半分で僕にそれを見せてきて「誰が好み?」と聞いてきたのだ。
そこで一般的に男性の性愛の対象は女性であることを知った。
そもそも友人のいない僕にそう言ったことを教えて来る人なんていなかったし、憧れを抱く気持ちはあれど誰かに恋をすることもなかった僕は、小学生の時のあの淡いドキドキ以降そんな気持ちになることなんてなかった。
「どうしたんですか?」
そう言われて、北條くんが僕の耳にかかる髪の毛を柔らかく撫でた。
突然触られたことに驚いて少し体が揺れてしまった。僕に触れる人なんて今までいなかったから。驚いて彼の目を見れば彼は少し垂れた瞳を細めて僕を見ていた。彼の綺麗な目が僕を見ていることにさらにドキドキしてしまって、耳が暑くなっていくのがわかる。
ゆっくりと北條くんの指が僕の頬を撫でる。
なんで、そんな優しく僕に触れるの…?
クラスで見る彼の微笑みは綺麗だけどどこか冷めたように見えていたのに、どうして僕を見る目にいつもと違う温度を感じるのだろう。
「ほ、北條くん…あ、あの…て、手が…あの。」
「どうしました?」
ほんの少し甘く聞こえる声に戸惑いながら頬に触れる手を離してもらえないだろうか…。北條くんの手のひらは僕なんかよりも大きくて少し熱くて、どうしていいか分からなくなる。
そっと汗ばんだ手を握られると、僕の手のひらはすっぽりと包み込まれてしまう。
手を離して欲しくてお願いすれば「いやって言ったらどうします?」なんてちょっと意地悪そうな笑みが返ってきた。
僕はどうしたらいいか分からずに彼の目を見つめることしかできなかった。
*****
夏休みを目前に控えたある日普通科の補習授業前に特進科クラスが普通科生徒に勉強を教える勉強会が開催された。この学校ならではの取り組みで、特進科も普通科の生徒に教えることで基礎の復習にもなるし科を越えた懇親も兼ねている。
通常であれば特進科は特進科だけ、普通科は普通科だけなど学科ごとで固まりやすくなってしまう生徒同士のコミュニケーションを学科を超えて行えるようにこう言った懇親の意味合いを含めた取り組みがこの学校ならではの特色かもしれない。
体育祭は学科を跨いでいるのはもちろんだけど、今回の勉強会であったりスポーツ講習会なんていうのもある。
今日は北條くんやそのほかの成績上位者、それとクラスで決められた任意のメンバーによって普通科での勉強会を行うことになった。
普通科のクラスに入るのは初めてなので少し緊張してしまう。
普通科の教室に入るとそこは特進科とはかなり色の違う様子だった。
僕のクラスは基本物が少ないので、必要最低限の掲示物しかないが普通科は全く違った。色とりどりのチョークで彩られた後方の黒板にはこの前行われた遠足の写真が飾ってあるし、そこに落書きなんかもしてある。なぜか棚には何匹かのクマのぬいぐるみが鎮座している。
中にいた先生に促されて教室内に入るとなんだか文化祭の会場のような雰囲気だ。
補習組の生徒は各グループに分かれて固まって座っているので指示された通りの席へ向かう。
するとそこにいたのは中庭で楽しげに笑っていた金髪の彼が笑顔で座っていたのだった。
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