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第4話 Side:泉理
「普通科の清野千代太です!よろしくお願いします!」
「あ、と、特進科の家倉泉理です。」
金髪の彼の名前は清野くんというらしい。
補習だというのに彼はニコニコと笑って楽しそうにしていた。
「あ!君あれだ!特進科で成績一位で新入生代表やった子だ!」
「えっ、あ、あの…ハイ。」
「ああ、ごめんごめん!俺は武田蓮!よろしくね!」
「よ、よろしく…お願いします。」
突然の大声に僕はびくりと肩を揺らしてしまい、鈍い反応しか返せなかった。
そんな僕を見て少しバツが悪そうに後頭部をかきながら挨拶をした彼も、よく清野くんと一緒に昼食をとっているメンバーの1人だ。
「えっと、まず…今日の勉強会なんですが…2人とも英語と数学で補習ってことでいいですか?」
「あ、うん!どうも苦手なんだよなぁ。それよりタメなんだしケーゴじゃなくてもいいよ!話しづらくない?」
「それはチョロだけだろ。」
「え〜タケちゃんだってケーゴ苦手じゃん!」
「俺はやる時はやる男だからできんのっ!」
「だからさ家倉も俺たちにはタメ語でいいよ!それに家倉はせんせーだしなっ!」
そう言ってニカッっと歯を見せて笑う彼はとても眩しかった。
気が置けない仲間が居て、毎日が楽しくてしょうがない。そんな笑顔だった。
「う、うん。あ、あの僕の声聞き取りづらいかもしれないけど、その時は言ってくれていいから。」
「え〜そうか?めちゃくちゃ可愛い声だよなぁ。」
「うんうん、なんか澄んだ鈴?みたいな声だし気にならないよ!」
「あっ、えっ…あ、ありがとう。」
か、可愛いと言われて顔が熱くなるのを感じた。
家族からは「男らしくない」とか「蚊の鳴くような声」だとか言われていたから…、まさか自分の声が(社交辞令だろうが)褒められるなんて思いもしなかった。
その後も時折2人の掛け合いを聞きながら、勉強会は恙なく終了した。
*****
放課後のチャイムの音を聞きながら、勉強会が終わった後生徒会室に来ていた。
今日は夏休み中のスケジュール調整だ。
生徒会の仕事はこの1学期に集まった生徒からの要望についての議論。これは週一回の会議でも行っているけれど、夏休み前にきた要望の精査を行う。
それに夏休み明けにある体育祭や文化祭の実行委員との打ち合わせや予算管理も夏休み中に行うらしい。
生徒会の中には特進科だけでなく普通科やスポーツ科の生徒もいるので、スポーツ科の場合は夏休み中に行われる練習試合や大会があるし、普通科と特進科の生徒は夏休み中に補習が行われている。
もちろん家で勉強するものや塾に通うものそれぞれなので、特進科の補習自体は希望者のみとなっている。補習内容は1学期の復習がメインで新たに授業を行うことはない。基本的には自由に教師へ質問が可能な自習のようなもので、僕はできるだけ家にいたくないので目一杯補習の申し込みをしていた。
「北條くんは実家こっちじゃないでしょ?夏休みは帰ったりしないの?」
室内は冷房が効いているけれど窓から差し込む西日がジリジリと室内の温度を上げていく、窓を背にしていた生徒会長がたまらず窓のカーテンを閉めつつ北條くんに話しかけた。
そういえば彼は都内に実家があるんだっけ…。
「あぁ、特に用事もないので帰るつもりはなかったんですが、どこか2〜3日顔を見せれば問題ないですよ。」
北條くんはスケジュール調整の紙に補習以外の日付は全て生徒会の業務にあたれると丸をつけているので、席に着いてすぐその紙を見ながら何やら頷いている。
「へぇ〜、そうなんだ。そういえば家倉くんも補習以外の日に全部丸にしてるけど。2人とも夏休みなんだよ?遊ばなくていいの?」
「あ、ぼ、僕は大丈夫です。」
どうせ家にいてもくつろげるわけじゃない、それに夏休み遊ぶような友人もいない。それであれば補習以外の日も生徒会の用事で公然と外出しても問題ないと考えていた。
家にいなくていいなら、それに越したことはない。
夏休みになると義兄も帰ってくるだろう。そうなれば今よりもっと家にいるのが苦痛に感じるはず。今度は何を言われるのか、何をされるのか怖くてしょうがないからだ。
義兄は僕の何が気に入らないのか、些細なことで叱責を受けたし暴力も受けた。
極力接する時間を少なくしようと幼い頃から部屋にこもっていたけど、たまに廊下で合えば小突かれるし暴言を吐かれる。そのたび僕の心はどんどんと冷えていく。だから長い休みになるのが昔から怖くてしょうがなかった。
そんなことを思っていて暗いため息をひっそりと吐いていたことを、まさか彼が見ていたなんて思いもしなかった。
*****
夏休みが始まり土日以外の平日はほぼ学校へ登校していた。
家族には行ったところで聞いてもらえないだろうから、ひっそりと朝制服を着て家を出ていた。義兄が戻ってくるのはお盆を含めた一週間らしいが、父と義母と義兄の3人で旅行に行くらしいことは聞こえてきた。
家に帰っても誰もいないんだ。
なんだかそれがとても嬉しかった。
育ててもらった恩を感じないわけではない、激しく叱責を受けようとも寝る場所は与えられていたし、今の学校に通うお金も出してもらっている。
食事に関してはお金を渡されているので、ほぼ毎日お弁当を買って1人で食べているがあの人たちと食べるぐらいなら1人の方が気楽だった。
今日は午前中は補習、午後は生徒会の仕事がある。
むしむしとした湿度の高い暑さにへばりそうになりながらも学校に着くと、少しだけ涼しい風を感じる。
下駄箱のあたりは朝は日陰になっているので、少しだけ他のところよりも気温が低い。
少し汗ばんだ額をハンカチで脱ぐいながら教室の扉を開けるとそこには北條くんだけが座っていた。
「あ、家倉くん。おはよう、今日も早いですね。」
「お、おはよう。」
夏休みに入ってから補習の日は必ずこの挨拶が繰り返されている。
僕は入学から今まで朝一番に学校へ来ていた。朝の教室はとても静謐な空気がして気持ちがいいのもその理由の一つだったけど、何より家にいる時間を短くするため、小学校の頃から変わらず朝一番に学校に向かうようになっていた。
それが夏休みに入り一番だと思って入った教室にはすでに先客がいた、それが北條くんだった。
ここのところ毎日教室に入ってすぐ北條くんと朝の挨拶を交わす。みんなが来る1時間近く前なので、北條くんは一体何時から来ているのだろうと聞いてみると僕のくる少し前だと言って笑っていた。
でも少し前にしては教室内のクーラーはしっかりと室温を下げているから、きっと僕より30分は前に着いているんじゃないかと思う。
僕が教室内に入ると北條くんは、机の上に置いていたタブレット端末をカバンへと仕舞い込み、僕と色々雑談をしてくれる。
購買の売り切れ必須のパンを買えたこと、駅前に新しいお店ができたこと、北條くんは駅前のマンションで一人暮らしをしていてする事がないので早く登校し始めたこと。
僕は特段話すことなどない毎日を送っているから、北條くんの話は楽しかった。
たまに色々質問をされることもあるけれど、僕は何も面白い話なんてないからすぐ答えに詰まってしまう。それでも北條くんは優しげに目を細めて僕の話を聞いてくれた。
たまに頭を撫でられたり、頬を触られたりするのには驚いてしまうのだけれど。彼の僕より大きくてすこし厚みのある手で撫でられると、気持ちが良くて擽ったくてなんだか無性に涙が出そうになってしまうのだけは困る。
前に一度彼に頬を撫でられたり、手を握られたりした事があったけど僕は他人と触れ合うことがほとんどなく過ごしてきた。だからこういう時どうしていいのかわからなくなってしまう。ただ、彼に触れられたところは熱くなるし、少しばかり耳も熱くなっているからもしかしたら真っ赤になっているかもしれない。
そんな僕に気づいているのわからないけど、北條くんは今日も僕の話を聞きながら頭をゆっくりと撫でてくれた。
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