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第一章 少年時代 2 平和な日々②~小学生

 月日は流れて、馨は念願の小学校に入学した。遼真と同じ、沢を下ったところにある町の小学校に通う。入学式の翌日の初登校日、馨はピカピカの黒いランドセルを背負って、満開の桜の木の下をうきうきと飛び跳ねていた。馨の母はその様子を心配そうに見守りつつ、息子を遼真に託す。 「ほいじゃあ遼真ちゃん、よろしゅうね」 「はい。任いちょってください」 「ほれ、馨、大人しゅうしぃや。遼真ちゃんに迷惑かけたらいかんきね」 「わかっちゅう! りょーまにいやん、はよ行こぉ」  馨は我先にと駆け出す。遼真も後を追う。走りなや! という母の声を背中に聞いた。  バス停までは子供の足で二十分ほどかかる。馨は早々に道草を食い、長い木の枝を拾ってぶんぶん振り回した。 「伝説の剣なが。かっこえいろう」 「えいにゃあ、かっこえい」 「これでカイジンをやっつけちゃる」 「えいねぇ、強うてねぇ」  遼真もつられて道草を食いかけ、いかんいかんと首を振った。 「だめじゃ馨ちゃん。遊ばんで、しゃんしゃん歩かな」 「んー、もう疲れたき、おぶっとうせ」  遼真は馨の手を引くが、馨は棒切れ遊びの方に夢中である。 「そがなこと言うちょったら笑われるぜよ。にゃあ馨ちゃん、バス、乗ってみとうないが?」 「ばすぅ?」 「ほうじゃ。大きいバス、乗ってみたいろう? 大きゅうて広うて、おうちの車の十倍ばぁあるぜよ」 「ばす……」 「まっこと大きいがじゃ。きっと僕らぁ二人っきりの貸し切りぜよ。運転手さんがな、山道を曲がる時にこう、ぐるぐるぐるーてハンドルを回すがやけんど、それがげにかっこようて、あと車が揺れて楽しいちや」  遼真は言葉巧みに馨の興味を引く。馨は瞳を輝かせ、とうとう伝説の剣を放り投げた。 「ばす、どういたら乗れるが?」 「橋渡ってすぐじゃ」  馨は再び駆け出した。遼真も駆け出した。 「こっちで合っちゅう?」 「合っちゅうよ」  郵便局前にぽつんと立つバス停。錆びたベンチが吹き曝しになっている。二人が到着した時、ちょうどバスがやってきた。一番後ろの四人乗りの席に座り、ランドセルを脇に置く。馨はしばらくそわそわしていたが、疲れたらしくじきに眠った。    *    それから、暑い日も寒い日も雨の日も風の日も、遼真と馨は毎日一緒に登校した。春は花の蜜を吸い、木の実を食べ、夏は湧き水で喉を潤し、秋はドングリを拾い集めた。雨の日には蛙を追いかけ、日照りの時は干からびたミミズを探し、暇なら石蹴りやしりとりや手遊びをして、あるいは歌を歌いながら登校した。  冬になると、南国とはいえ山間部は雪が積もる。年明けに初めて雪が降った日、馨は愚図って炬燵に潜ってしまい、遼真が迎えに行ってもなかなか出てこなかった。玄関先で馨の母は遼真に謝る。 「ごめんねぇ、寒うて嫌や言うて、亀みたぁに丸まりよるのよ。遼真ちゃんだけ先行きとうせ。うちは車で送っちゃるき」 「はぁ、けんど、ちっくと待っとうせ。僕にえい考えがありますき」  遼真は手袋をポケットに入れ、真っ新な雪を手に取って楕円形に押し固めた。南天の赤い実と葉っぱをつけたら雪うさぎの完成である。 「見とうせ、馨ちゃん! 白うさぎが跳ねゆう」 「うさぎ?」 「ほうじゃ、うさぎさんじゃ」 「けんどぉ、うさぎらぁてよう見るき、珍しゅうない」 「雪みたぁに真っ白いうさぎさんぜよ! 赤い目でこっちを見ちゅう。早うせんと逃げてまうよ。あ、あー、逃げゆう、逃げ――」  ばたばたと足音が駆けてきた。母親がチャンスとばかりに上着を着せる。遼真は誘うように玄関から離れる。すると自然と馨は靴を履く。母親はランドセルを持って追いかける。 「どこなが!? かおるもうさぎ見たい!」 「こっちじゃ、こっち」 「どこぉ?」 「ほらこれ」  門柱にちょこんと乗っかった小さな雪うさぎが馨を見つめる。その隙に母はランドセルを背負わせ、黄色い帽子を被せた。 「なんじゃあ、ただの雪うさぎやか」 「けんど、かわいいろう」 「りょーまにいやんが作ったが?」 「うん。学校行ったら、みんなで大きいかまくら作ったりできるぜよ。はよ行こ」 「バス、間に合うかいね」 「今日はゆっくり運転やき、間に合うろう」  馨は手袋をはめ、マフラーを巻いて、元気に手を振って家を出た。馨が寒がるので、遼真はカイロを一つ分けてあげた。 「馨ちゃん、鼻が赤うなっちゅう」 「りょーまにいやんも、息白いにゃあ」 「馨ちゃん馨ちゃん、こっち来てみぃ」 「霜柱じゃ。踏んでこぉ」  ざくざくと小気味いい音を鳴らし、雪道を二人歩いた。

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