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第三章 最後の一線 3 明朝
長い長い夜が明け、朝が訪れた。馨が目を覚ました時遼真はとっくに起きていて、リビングで優雅にコーヒーを飲んでいた。寝起きで口がからからに渇いた馨が咳をすると、遼真はすぐにベッドへ駆けつけてコップ一杯の水を飲ませた。
「たばこ……」
馨が呟くと遼真は引き出しから箱を取り出し、煙草を一本馨に渡した。親切に火までつけてくれる。馨は何も考えず、ゆっくりと煙を吸い込む。いつも通り重量感のある煙、仄かに広がる甘み。このまったりとした白い煙で肺を満たすと抜群に脳が覚める。
「おはよう、馨ちゃん」
「……おはよう」
遼真は窓を全開にして換気する。爽やかな風が吹き込み、紫煙が揺れる。
「今日は、晴れちゅうにゃあ。まっこと、えい陽気ぜよ」
馨は清々しい気持ちになり、うんと伸びをした。遼真は照れたように目を逸らし、服を着てほしいと言った。馨は咥え煙草で下着だけ履いた。
「お腹空かないかい? 何か作ろうか」
「おまん、料理なぞできるがか」
「人並み程度にはね」
馨が適当にシャワーを浴びて出てくると、豊かな朝食ができあがっていた。朝食というか、時間的にはブランチである。馨は垂涎して席に着く。
「こりゃすごい。やっぱりりょーまは天才じゃ」
「そんな褒めんで。飲み物は牛乳でいい?」
「何でもえい。もう食ってえいが?」
「いいよ、どうぞ」
馨はいそいそと箸を持った。遼真は謙遜したが、普段食パンしか食べない馨にとっては大変豪華な朝食であった。香ばしくカリカリに焼いたベーコン、ふわふわとろとろの目玉焼き、ほうれん草とミニトマトで彩りを添え、デザートにりんごまで。
「うんまぁい。げにまっことすごいのう、りょーまは。やっぱりりょーまは天才じゃあ」
思わず笑みが零れる。遼真も幸せそうに笑う。
「気に入ったなら毎朝作ってあげるよ」
「へぇ? うちに出張してくれるがか?」
「違うよ、馨ちゃん」
遼真は優しく眦を緩ませ、馨の髪をするりと撫でた。タオルで大雑把に拭いただけの、結ってさえいない長い髪を一房、大事そうに手に取る。その雰囲気で、馨は自分が的外れなことを言ったと気づき赤面した。
「馨ちゃん、一緒に住まないか」
「な……そ、そがなこと……急に言われても……」
「嫌かい」
「い、いや、っちゅうか……」
髪の毛を愛撫されて背中にぞくぞくくる。馨は身を捩った。
「やっ、やめぇ、それ……」
「ただ触っちゅうだけぜよ。にゃあ馨ちゃん、一緒に住もうよ。朝ご飯毎日作っちゃるし、うち風呂もトイレもついちゅうし、駅から近くて便利やし、別々に暮らすより安上がりやち思うんじゃけど」
真っ赤な皮をうさぎの耳に見立てて切ったりんごを一切れ、遼真は摘まんで馨の口に運んだ。馨はそれを受け入れて、飲み込んだ。
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