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第七章 波乱 2 誤解
年が明けてから、馨の夜遊びが増えた。互いにいい歳の大人であるし、遼真もいちいち咎めはしない――ほどほどにしろと忠告はするが――しかしこの間のように、一人で歩くのもままならないほど飲んだくれてしまうのは、さすがに心配である。心配であるし、苛立ちもする。
馨が自分の知らない場所で知らない人達とよろしくやっているのかと思うと、そして不特定多数の前で泥酔した姿を晒しているのかと思うと、遼真はどうにも釈然としない気分になるのだった。
今日もそうだ。土曜日だというのに、昼間から何やら大事な用があるとかで、馨は留守であった。遼真は一人寂しく暇を持て余した。
*
馨が帰ったのは然程遅い時刻ではなかった。ただいまぁと間延びした声で言って玄関を上がり、何もないところでいきなり蹴躓いてすっ転んだ。その激しい物音を聞き付けた遼真が、心配そうな面持ちで駆け付ける。
「大丈夫?」
「にゃはは、ちっくと飲み過ぎたかいのう」
廊下に倒れている馨に遼真は手を貸し、よいしょと引き上げた。その拍子に、鞄から四角い小箱が滑り落ちる。ポップでカラフルで、蓋を開ければとびきりの砂糖菓子が詰まっているのだろうと思わせるような、可愛らしい小箱だった。馨はそれが落ちたことに気づいていない。転んでぶつけた額を痛そうに押さえている。
「……ねぇ、馨ちゃん。今日はどこに行ってたの」
遼真は怒りの籠った低い声で言った。一瞬にして空気が張り詰める。張られた弦のようにビリビリ震える。しかし酔っているせいで頭の回転が鈍くなっている馨はそれに気づかない。照れたように、そわそわしながら答える。
「別にぃ、大したことやないちや」
「はぐらかさないで、ちゃんと言って」
「やき……佐奈さん家で、チョコレイトを……」
赤ら顔をさらにぽっと赤らめた馨を、遼真はいきなり力ずくで捩じ伏せた。冷たい床に後頭部を強かにぶつけ、視界を覆う遼真の表情がかつてないほど険しくなっているのを見て、馨はようやくただ事ではないと気づいた。しかし一体どうしてこのような事態になっているのか見当も付かない。
「りょ……ど、どういたが? お、怒っちゅうがか……?」
わけもわからず馨は怯えた。蛇に見込まれた蛙さながら、びくびくと身を竦ませる。
「怒ってないよ」
「う、うそじゃ。怒っちゅう」
「怒ってない」
「きゅ、急にどういたがよ、おまんらしゅうもない……」
「チョコレートって、これのこと?」
遼真は先ほど滑り落ちた小箱を拾い上げる。馨ははっと目を見張る。
「お、おまん、それ、どういて……」
「馨ちゃんこそ、どうしたの、これ」
「それはわしが――」
ほとんど喋らせてもらえないまま、いきなり口を塞がれた。長い舌がぬるりと侵入して、馨の口内を蹂躙する。
「んむ……んっ、んゃ、んん……」
酸欠で苦しい。いつもはうざったいほど優しいキスをくれるのに、今日はなんだか獣じみていて、乱暴で、馨は心細くなった。一体何がどうしてこうなったのか。チョコレートがそんなにまずかったのだろうか。
「ん、んん……ゃ、りょーま……」
ようやっと唇が離れても、馨は酸欠でぐったりしている。その隙に遼真は馨のマフラーを剥ぎ取り、コートを脱がす。ニットを脱がし、シャツを脱がしたところで、ぴたりと手が止まる。
「……馨ちゃん……ここ、どうしたの」
馨の喉元を指して、遼真は恐ろしく怖い声で言った。そこには小さな紫色の痣が浮かんでいたのだが、馨はその存在に気づいていなかった。だから、どうしたのかと訊かれても何もわからない。馨が首を傾げると、遼真は苛立ったように痣を強く押し潰す。
「いっ……や、なん」
「ねぇ、本当に知らないの」
「し、知らんもんは知らん」
素直に答えると、乱暴な手付きでシャツも肌着も剥ぎ取られた。剥き出しの背中が床に触れ、冷たさに皮膚が粟立つ。力任せに押さえ付けられた両手首がじんじん痛む。
「や、やじゃ、りょーま、いたい……」
「嫌って言うわりに、乳首勃ってるけど」
「ちが、寒いき、勝手に……」
「本当かな」
遼真は馨を押さえ付けたまま、胸の尖りに歯を立てた。刺すような鋭い痛みが走り、馨はのたうつ。
「いっっ――やっ、いたい、やめぇや!」
「ふぅん、敏感だね。どこかで使ってきた?」
「は? な、何言うて……ぃい゛っっ!!」
もう片方の乳首は爪を立てて抓られる。馨は苦悶の表情を浮かべ、ついにぽろりと涙を零した。そんな馨に、遼真は氷のように冷たい視線を浴びせる。
「馨ちゃん、本当にすぐ泣くね。もう大人なのに」
「ぅ、ふ……どういて、こがぁなひどいこと……」
「わかってるくせに」
「わ、わからん……どういて、りょーま……」
瞳を潤ませて馨が言うと、遼真はわずかに罪悪感を覗かせた。しかしすぐに元の険しい表情に戻る。
「わからんの?」
「わっ、わからん……も、いたいがはいやじゃき、りょーま……」
「けど、わからないんじゃ仕方ないね」
遼真はおもむろに馨のベルトを外してズボンを脱がした。下着と靴下だけという恰好にされ、馨は寒さと恐怖で震えた。遼真はさらに下着をも脱がしにかかる。馨は腹這いになって逃げようとするが、ポニーテールをぐいと掴まれて引き戻される。呆気なく下着を剥ぎ取られ、しゅんと縮こまっている性器を好き勝手弄(まさぐ)られた。
「やっ、やじゃ、やぁ……」
「んー、元気ないね」
「あ、当たり前じゃ、こがぁな……」
しかししつこく触られていれば自然と反応を示す。馨は床に突っ伏して、自ずから尻を突き出す姿勢になる。
「ぅ、ぅぅ……やじゃぁ……」
「けど、ちゃんと勃ってきたよ。やっぱり……」
遼真はしみじみ呟く。
「……やっぱり、馨ちゃんも立派な男なんだよね」
「も、やめ…………ひっ!?」
突然、尻を舐められた。ぷりっと引き締まった臀丘を舌が這い、輪郭をなぞり、割れ目の周辺を行き来する。ぞくぞくしたものが駆け抜け、馨は身悶える。
「ひぁ……ゃ、やめ、汚いきぃ……」
「別に、普通でしょ。女の人のだって舐めたりするし」
「やっ、やじゃっ……こがなん、いやじゃあっ」
「でも、体すごく熱くなってる。本当、淫乱」
「ぅ……ち、ちが……」
違わない。寒いし怖いし恥ずかしいし、変態みたいで嫌なのに、馨はもう達しそうであった。下半身を遼真に取り押さえられ、尻を舐められ、同時に前を扱かれて、馨は絶頂への階段を着実に上り詰めていく。腰がびくびく跳ねてしまう。
「あぅっ、ん、んっ……まっ、待っとうせ……もぉ出る、出るぅ……」
「出るじゃなくて、イクでしょ」
「いっ、いく、いくき、りょーまっ……!」
期待ははち切れんばかりに膨らんだというのに、絶頂は果たせなかった。射精の直前、竿の根元を力いっぱい握りしめられたせいだ。ぴくぴくと性器が震えただけで、熱は放出されなかった。馨は切ない声を上げる。
「あ、ぁ、どういて……」
「どうしてって、お仕置きなんだから、気持ちよくなったら駄目だろう」
「は、ぇ……?」
ぐるんと視界が回り、体を抱え上げられた。髪が解けて、ぱさりと肩に流れる。壁に背中を押し付け、片足を大きく持ち上げられると、恥ずかしいところが丸見えになる。目の前に陣取る遼真も、いつのまにか服を脱いでいた。
「えっ、や、待っ……」
これから起こることを察して馨は蒼ざめるが、時既に遅し。有無を言わさず尻に熱いものが押し当てられ、まだ十分濡れていないそこへと強引に捩じ込まれた。
「ひっ――」
馨は引き攣れた悲鳴を発した。小さな蕾を無遠慮に割り裂かれ、痛みのあまりに思わず腰が逃げる。遼真はそれを捕まえて引き寄せ、無理やり奥まで押し入る。
「ぃ゛、いだっ……いっ、やめぇ、やめとうせ」
「大丈夫、血は出てないから。もうちっくと力抜いて、緩めて」
「む、むりぃ……ッ、むりじゃ、いだいっ、りょーま、いたいき……」
しかし開発され尽くした体だ。案外容易く、太いものを根元まで呑み込んだ。痛いやら情けないやらで馨は涙をぼろぼろ流すが、遼真はキスで宥めてくれない。頭を撫でてもくれないし、涙も拭ってくれない。それでますます悲しく、心細くなって、馨は子供みたいにしゃくり上げる。
「……あんまり泣かんでくれ」
遼真は複雑な面持ちで、馨の喉元に口づけた。口を窄めてきつく吸い上げると、内出血が起こって皮膚が赤く変色する。ちりちりと疼くような痛みが走って、馨は身を捩った。
「っ……なんじゃ、いまの……」
「キスマーク。知ってるだろう」
「し、知らん」
「馨ちゃんは嘘がうまいねゃ」
「うそやない……ほんま知らん、知らん……」
遼真は緩く腰を振って馨を揺さぶりながら、首や胸元に無数のキスマークを散らした。その度に魂をわずかずつ吸い取られていくような気がした。鬼のような形相で痕を残していく遼真が怖かった。
それでも、強制的に片足立ちにさせられてバランスの取れない馨は、ひたすら遼真にしがみついているだけで必死だった。立ってしているせいか、普段より深いところに入る気がして空恐ろしい。
「馨ちゃん、痕いっぱいつけたき、これからは絶対、他の人にさせたらいかんぜよ」
「ぁ、あと? なんのこと……」
「またそうやってはぐらかす」
遼真は寂しそうに言い、馨の尻をわし掴みにした。そしていきなり、奥まで激しく突き上げる。脳天まで一直線に衝撃が響く。一瞬、まぶたの裏に星がちらついた。
「い゛っっ――!」
「悪い子にはお仕置きしないとね」
「ひぃ゛ッ――やっ、やめ、いやじゃ……!」
馨の嫌な予感は的中した。最奥の、さらに奥。入ってはいけないところまで、遼真は入ろうとしている。長くて太い、さながら凶器のようなそれが奥の扉を激しく叩き、無理やりこじ開けて入り込もうとしている。腹が裂ける。苦しくて息もできない。肉と骨のぶつかり合う音が体内から響いてぞっとする。
「ひぐッ、やっ、いだい゛、ひっ、ぃだい゛ぃ、……っ!」
「ここが結腸かな。わかる?」
「わがら゛――んゃ゛、こわい、やら゛、ゃ、こわ゛ぃいッ……!」
「大袈裟だな。何も死ぬわけじゃないんだから」
「ぁ゛ぐっ……やら゛ッ、や゛っっ、こ、こわれぅ……っ、こ、こわれ゛っ――ッ!!」
内臓がずれ、骨が軋む。この世の終わりかってくらい猛烈な痛みと、何か得体の知れない妙な感覚を覚え、馨は目を剥いた。その大きな瞳から、今日何度目かわからない大粒の涙がぼろぼろ零れる。
「ひっ、……ひぐ、……ぅ、ぅう゛……ごっ、ごめ゛、なさ……」
馨はなりふり構わず泣きじゃくりながら、とうとう謝罪の言葉を口にした。遼真もそのままの姿勢で固まり、箍が外れたように泣きじゃくる馨を凝視する。
「ごぇっ、ごぇんなさ……りょぉま、ごめっ、なさっ……もぉゆるしとうせぇ……」
力任せにまぶたを擦る。まぶたが真っ赤に腫れあがる。
「ごぇんなしゃ……もぉやら、いたいがいやじゃあ……りょぉまぁぁ……」
「……ごめん、ここまでするつもりじゃ……」
遼真は腰を引き、中のものを抜き去った。支えがなくなり、馨は冷たい床にへたり込む。呼吸はいくらか楽になったが、まだまだ涙は止まらない。
「ふっ、ぅぅ……ちょこれーとが、いけんかったが? も、もぉせんき、もうせんち約束するきぃ……りょぉま、も、おこらんでぇ、こあいかおせんでよぉ……」
「……怒ってる理由は、他にもあるんだけど」
「ほか……? わ、わからん、ごめんなさ、わからんでごめ……ちょ、ちょこ、きらいやったが……?」
「そういうことじゃなくて……」
「ば、ばれんたいん、近いき、ちょ、ちょうどえい思て、りょっ、りょぉまに、ぷれぜんとしとうて、わし……」
その言葉を聞くなり、遼真はいきなり至近距離で馨の顔を覗き込んだ。困惑しているような驚いているような、同時に安堵もしているような表情だった。
「それって……じゃあ、あれは」
馨は小首を傾げる。
「あれ、あのかわいい箱だよ。馨ちゃんがもろうたもんやなかったの?」
「や、やき、ありゃあ……わしが作った……佐奈さんに手伝うてもろて……」
遼真は拍子抜けしたように溜め息を吐く。
「……佐奈さんちゅうのは?」
「ま、前に言うた……ね、年賀状、絵ぇ描いちゅうがぁくれた……剣が滅法強い……」
「けど……じゃあ、キスマークは……」
「そがなん知らん……」
はっとして、遼真は馨の体をよくよく見る。喉以外にも、胸や手首などにも痣がいくつか見つかる。できたての痣から、治りかけの黄色っぽいものまで様々だ。
「……これ、もしかして竹刀で……?」
「んにゃ……ほうかもしれん」
馨が頷くと、遼真は鉄砲水のように涙を噴いた。突然のことに戸惑う馨を遼真はきつく抱きしめて、よかったと呟いた。よかったよかったと言いながら泣くので、情緒がガタガタに崩れている馨もつられて泣いた。わけもわからず、二人抱き合ってわんわん泣いた。
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