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Reborn【充彦視点】
気持ち良さそうに眠る勇輝の体を綺麗に拭き、薄い肌布団をかけてやると寝室をそっと抜け出す。
冷蔵庫から冷えたビールを取り出してそれを一気に飲み干してしまうと、改めて『はぁ~』と大きな息を吐いた。
抱き潰したつもりは無いし、今日はずいぶんと自分なりに加減したと思う。
それでも勇輝はしばらく目を開けそうになかった。
それも当然か。
いまだ降り止まない雨の中で、相当な時間体を冷やしていたのは俺と同じだ...勇輝は俺の体ばかり気にしていたけれど。
自分の記憶と思いを吐き出していただけの俺とは違い、その俺の記憶を否定する為の言葉を必死に頭の中で探し続けていたであろう勇輝の精神的な疲労は計り知れない。
しかし、元々頭の回転も早いし、バカなわけがないとはわかっていたけれど...それでも勇輝があれほど博識とは思わなかった。
俺の拙い思い出話を聞きながら当時の社会情勢や金融問題にそれを繋げ、そこから記憶と伝聞の矛盾点を突いてくる......
勇輝の想像のすべてが正解だとは思わないけれど、おそらくそれほどには間違っていないだろうと思えるだけの十分な説得力があった。
「参ったなぁ...ほんとアイツ...すげえわ」
黙って聞いていてくれるだけで良かったのだ。
そもそもそのつもりだった。
けれど勇輝は『俺の為』に俺の思い込みや間違いを、敢えて強い口調で否定した。
それがあの、ベッドの上での言葉に表れている。
『誰も恨まないで』
痛かった...胸が。
誰かを恨んでいる間は、その事を思い出すだけで頭の中がその人間の事でいっぱいになる。
まさにその通りだ。
親父への恨みでいっぱいの時は、普段は忘れていようとも、何がきっかけでその気持ちが噴き出すかわからなかった。
母さんの墓参りに行った時ですら、最後には『なんであんな奴と結婚したんだ』と恨み言を呟いた事だってある。
大切な人との大切な思い出すら、怒りや恨みという強い気持ちの前ではすべてが負の物と化していた。
「恨みで誰かを思うくらいなら、自分の事だけ考えて...か」
言葉の通り、自分以外の誰にも俺の感情を動かされたくないという気持ちだったんだろう。
珍しく見せた、強烈な独占欲なのかもしれない。
ただそれを『勇輝』が言った。
俺が言わせてしまった。
その事が辛い。
幼い頃から母親に愛された記憶も無く、物心ついた時には母親の情夫らしい男に犯され、そしていつの間にか捨てられていたという勇輝。
けれどその母親に対しても情夫に対しても、皮肉な物言いをする事はあっても恨み言を言う事は無かった。
寧ろ、愛してもらうのに値しなかった自分こそが悪いと考えていたフシがある。
それからも、自分を囲っていながらあっさりと手離した男、帰る場所がありながら自分に愛を囁いた男達、そんな誰に対しても感謝こそすれ、全く恨んだりはしていない。
......そう、勇輝は誰も恨まず、ただ目の前にある事と目の前にいる人に真摯に向き合いながら、一人で必死に生きてきたのだ。
そんな勇輝の言葉だからこそ堪えた。
恨む気持ちが残っている間は俺の気持ちはずっとそこに置いてけぼりで、きっと前には進めない......
『自分と二人で幸せになろう』
いつまでも過去に縛られるのはやめようと...明るい未来を二人で掴もうと言ってくれていると感じた。
新しい道へと足を踏み出す俺が、いつまでも過去の怨讐に囚われていてはいけないと。
「やっぱどうやったって勝てないわ、勇輝には...アイツがいなかったら、俺の時間はずっと19のままで止まってる」
ビールの缶を潰してゴミ箱に放り込み、寝室へと戻る。
勇輝はまだ目元をほんのりと朱に染めたまま、気持ち良さそうに眠っていた。
「今度さ...住職さんになんか知らないか聞いてみるよ。ひょっとしたら親父の事、なんか知ってるかもしれないだろ...ただ俺が聞こうとしなかっただけで」
そのスリーピング・ビューティーの額に唇を押し付け、肌布団の中に潜る。
俺の体温が戻ってきたのが嬉しいのか、まるで子猫のような仕草で勇輝がすり寄ってきた。
その肩に腕を回し、キュッと更に肌を寄せる。
「さっき言ったの、ほんとだからな。もう誰も恨まないよ...あの時の裏切りや誤解が無かったら、俺は勇輝に会えてないから。悲しいし悔しいけど...今はそれを感謝できる。あのどん底の時間が、俺と勇輝を繋いでくれたんだ。俺と出会ってくれて...ほんとにありがとう......」
深い眠りから覚める気配の無い勇輝は、それでも俺の言葉に答えるように穏やかな微笑みを浮かべ、額を俺の肩に擦り付けてきた。
俺ももう少しだけ寝ようか......
起きたら勇輝の食べたい物を作って、それから『俺が生まれ変わったお祝いだ』ってとっておきのシャンパンを1本開けて......
そんな事を考えていたらなんだか胸がポカポカしてきて、やけに幸せな気分で瞼を閉じていた。
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