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戦士の休息は突然に【3】

「充彦は、何が作りたいとかあるの?」 食品売場を、カートを押しながらゆっくりと進む。 勇輝の為の買い物は一先ずすべて終わったから、次は俺の分...つまりは晩飯の調達だ。 「あるよ~。俺さ、これまで使う機会があんまり無かったから、魚使うの下手くそなんだよね。だから、できたら魚の捌き方とか教えて欲しい」 「魚かぁ...んじゃ、鮮魚コーナー行ってみようか。肉とかと違って、その日によって入荷してる魚も質も全然違うから、メニューは魚見て決めよう」 「お任せしま~す」 導線として混んでいる精肉コーナー前の通路は避け、缶詰や調味料、乾物に近い通路を歩く。 「あ、充彦。ベーコンて少し余りそう?」 「結構大きい塊だから、余るとは思うけど...なんで?」 「うん、ちょっと小鉢に使わせてもらおうかと思ってね」 ニコリと笑いながら、勇輝は切り干し大根の袋をカートに放り込んだ。 ついでのように、煎りゴマにすりゴマに練りゴマを次々と手に取る。 「ゴマばっかじゃん」 「だってぇ、ちょうどどれも切れそうなんだもん。あ、塩麹も取って。それは魚の種類次第で使うから」 「はいよ~」 製菓材料を選んでる時の俺もおそらくそうだろうけど、こうして調味料の棚の側を通る時の勇輝もたいがいテンションが高い。 少し目新しい物や、なかなか入荷しない商品を見つけた時の喜びようは、まるで小さい子がカブトムシなんかを捕まえた時のようなはじゃぎっぷりだ。 洋服なんかを選んでるよりも、ずっと生き生きしてる。 そう言えば、一度本格的にそっちの道には進まないのかと聞いた事があった。 『そんなに料理が好きなら、いつかプロとして俺と一緒に店やる?』なんて。 けれど勇輝は、『料理が好きって言うより、美味しい物を食べるのが好き』で、『大切な人と美味しい物を食べたいだけだから』と笑った。 間違いなくセンスはある。 それも、とんでもないレベルの。 その事を勿体ないと思いながらも、その才能は今俺の為だけに活かされているのが嬉しくもあった。 「あ、今日は青魚がきれいかも。おお、いっぱいある~」 氷の上にずらりと並べられた魚を見て、自然と勇輝の声が弾む。 たしかに、せっかく俺が『魚を捌いてみたい』とか言ってるのに、ここにマグロの冊のパックだけとか、鰤が丸々一本ド~ンと置いてあるだけでは、教える気満々の勇輝もがっかりだったろう。 「へえ、鰯丸々としてんねぇ。今の季節のわりに結構脂乗ってそう。せっかくだから鰯使おうか。普通に捌くんじゃなくて、『手開き』ってやり方になるから、これはこれで面白いかもしれない。梅煮もいいし生姜煮もいいし、つみれも有りだよなぁ...」 他の魚もアレコレと手に取りながら、俺でも作れる物を何やら一生懸命に考えてくれている。 「よし、決めた。この鮪の冊で柳刃の使い方に慣れてもらって、漬け丼にしよう。んで鰯の潮汁作って、小松菜のお浸しと切り干し大根でオッケーじゃね?」 どうだ!と言わんばかりの得意気な顔。 なるほど、本格的に魚を捌く作業は入らないけれど、今日並んでいる魚を見ればそれも仕方ないのかもしれない。 なかなか面倒な事になりそうな物ばかりだ。 柳刃包丁で刺身を作ったり鰯を下準備したりと、それなりに頑張った感は味わえるだけでもよしとしよう。 「あー、俺が一番教えて欲しい物が足りな~い」 少しわざとらしく唇を尖らせる。 勇輝はさも可笑しそうに首を傾げた。 「うん、何?」 「茶碗蒸し!」 「ああ...なるほどなるほど...」 俺の言葉に頷きながら、勇輝は鰻をカゴに入れた。 そのまま青果コーナーへと向かう背中を追いかける。 当たり前のように百合根と三つ葉を手にする勇輝に笑いが込み上げる。 「なんだぁ、教えてくれる気なんじゃん」 「ん? 教えないよ。だし巻き玉子と茶碗蒸しだけは、絶対に教えない」 「えーっ!? 何、ここにきてのその意地悪」 「意地悪じゃないもん...」 勇輝が、少し拗ねたように俯いた。 わざとその顔を大袈裟に覗き込む。 「意地悪じゃないなら、何?」 「......あれは、俺だけが作れる味だから。充彦時々『食べたいな~』って甘えてくれるじゃん。あれ...すごい嬉しくて幸せだから...だから、自分で作れるようになってもらったら困る...」 話しながら、その顔はドンドン赤くなっていく。 聞かされてる俺の方も、柄にもなく顔が熱くなってきた。 「んじゃ、教えてくれなくていいよ。食べたい時は...ちゃんと甘える」 カートを押し、今度は俺が半歩先を歩く。 少し後ろでモジモジしている勇輝に向かって、そっと手を差し出した。 「早く帰ろう。まずは勇輝の作ったパスタで腹一杯にして、それから頑張ってケーキ作らなきゃな」 「...うん、今日は大忙しだね...」 差し出した指先がキュッと握られたのを確認すると、繋いだ指先はそのまま、俺達はレジへと並んだ。

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