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戦士の休息は突然に【2】
二人でゆっくりとショッピングモールへと向かう。
カラリと晴れたいい天気。
家を出る前に干してきた布団もシーツもよく乾いて、今日の夜は気持ちよく寝られるだろう。
...ま、おそらくすぐにシーツは交換することになるだろうけど。
思えば、昼間からこうして二人きりで並んで歩くというのは久しぶりかもしれない。
太陽光の下で満面の笑みを浮かべる勇輝の美しさは、また格別だった。
本当に自分のそばにいることが彼にとって幸せなんだろうか...なんて考えてしまいそうなほどに。
すれ違いざま、女の子の集団が勇輝を見て振り返り頬を染めた。
そんな様子に、『まあ、当然だな』なんて思いが半分、『俺のモンだ、勝手に見んな』なんて思いが半分。
なんとなく見せつけるように、半歩後ろから勇輝の手を取る。
「ん? どうしたの?」
その俺の手を払うでもなく、少しだけ恥ずかしそうに顔を赤らめて指を絡めてくる勇輝。
背後からは、ずっと俺達を目で追っていたらしい女の子達から歓声とも悲鳴とも取れるような声が上がった。
「なんでもないよ。ただ、勇輝と二人だと、こうやって歩いてるだけでも楽しいなって思っただけ」
「...変な充彦。でもね...俺もすげえ楽しい」
フワリと微笑んで見せる勇輝は、なんだか清らかですらある。
到底人前で女の子を組み敷いている姿も、俺に組み敷かれて喘いでいる姿も想像なんてできそうにない。
「俺...やっぱ勇輝のこと、好きだわ...」
「何、それ? 俺も充彦の事好きですけど? ほら、早く早く。今日はいっぱい買い物あるんだからね」
急かすふりをしながら繋いだ手に力が込められた。
さっきまでは頬だけだった赤みが、首筋にまで広がっている。
「勇輝...買い物の前に...一発ヤりたい...」
思わず漏れてしまった心の声に、勇輝は即座に俺の手を振り払いその手でガツンと頭を強めに小突くと、怒ったか呆れたか照れたのか、さっきまでの3倍くらいのスピードで一人ドカドカ進んで行った。
**********
「んで、ケーキってどんなのが作りたいの? すっごい簡単に作れるやつもあるし、手抜きしようと思ったらいくらでもできるよ。基礎の基礎みたいなケーキとか焼き菓子でも教えてあげられるし」
「ああ...作りたいばっかりで、あんまりしっかり考えてなかった」
食品売場に行く少し手前で製菓食材を多く扱っている輸入食品の店を見つけ、とりあえず一旦立ち止まる。
「そうだなぁ...とりあえずね、あれ使ってみたいんだ、ハンドミキサー?」
「ああ、メレンゲがどうこう言ってたね」
「そう! しっかり泡立てた生地がちゃんと焼き上がりも膨らんでるのかな...とかワクワクしてみたい」
初心者にもあまり失敗なく作れて、それでもちゃんと『ケーキができた!』って気分になる、メレンゲ使ったお菓子ね...
目の前の店に入り、食材を見ながら頭の中のレシピカードを必死に捲る。
一つはシフォンケーキ辺りでどうだろう。
勿論型は家にあるし、改めて用意しないといけない道具も材料も無い。
何よりシフォンケーキなら、基本をしっかり覚えさえすれば次から自分なりのアレンジを加えられる。
紅茶でも抹茶でもココアでも。
食べる直前にホイップクリームとジャムでも添えれば完璧だろう...家の手作りジャムが切れてたのを思い出し、とりあえずマテルネのラズベリーコンポートをカゴに放り込む。
ただ、勇輝がこれだけやる気になっているのにシフォンケーキだけでは、ひょっとすると呆気なさ過ぎて楽しくないかもしれない。
元々料理のセンスは抜群に高い勇輝の事、作業をこなしている間にコツは掴んでいくだろうから、もう一つくらい簡単な物なら作れるだろう。
コンポートの横に並ぶフルーツソースがなんとなく目に入る。
そこには特大のマンゴーピューレのパックがドンと鎮座していた。
おまけに、賞味期限が近いのか、それともその大きさゆえにみんなが手を出さなくて売れ残っているのか、なんとも魅力的な値段の見切りシールが貼られている。
「これだな...」
「ん? お薦めのケーキ、決まった?」
「うん、まあね。ついでだから、昼飯の材料もここで調達していこう。昼はパスタにしような。ここ、パスタの種類がすげえ多いからさ」
パスタコーナーに行く前にグラハムクラッカーを手に取り、それもカゴに入れた。
マンゴーピューレが何気に重い。
「勇輝、そこのチーズコーナーからパルミジャーノとクリームチーズ持ってきて」
俺は、肉の加工品コーナーから厚切りのベーコンを選ぶ。
「あ、とりあえずパスタはわかったかも。ケーキの方はさっぱりだけど」
ニコニコ笑いながら、勇輝はそのままパスタコーナーからフェットチーネを持ってくる。
なるほど、確かに何のパスタを作るのかはわかったらしい。
「ケーキの方はね、結構家にあるんだよ、材料。あ、念のためにゼラチンだけ買っとこうかな...」
「ゼラチン? ケーキなのに?」
「まあまあ、心配しなさんな。勇輝はそこそこ器用だと信頼して2種類作る予定だから。そのうちの片方にクラッカーとゼラチン使うの」
「へ...ヘヘッ...2種類も俺に作れるかなぁ...」
困ったように眉を下げながらも、楽しみで堪らないってキラキラの目をしている。
あー、ヤバい...ほんと最高に可愛い。
これはもう、完璧に旨いケーキを作らせてやるしか無いでしょう。
「生クリームと無塩バターは食料品売り場で買うから、ここではこれくらいかな...」
「あ、俺...ちょっとカート取ってくる! まだ荷物増えるだろ?」
子供のようにはしゃいで駆け出す勇輝。
あんな無邪気な顔を見るのなんていつ以来だろう。
「あんな顔見られたんだし...悔しいけど、休みくれた社長に感謝だよな...しかしこりゃあ、帰りはタクシー使わないときついかもしんねぇ」
勇輝のいない隣にポツリと呟き、俺はマンゴーが異様に重いカゴをレジへと持って行った。
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