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戦士の休息は突然に【5】

「なるほどね、レアチーズケーキかぁ」 説明を聞き、クラッカーをフリーザーバッグに入れて丁寧に砕きながら、勇輝はフンフンと頷く。 俺は自分で書き込んでいたレシピノートを開いて、ただ分量指示するだけに徹することにした。 まあ、ゼラチンをふやかすくらいは手伝うけれど。 しかし、パスタを作っている時には感じなかったけれど、勇輝はどうやら...お菓子作りには向いていないようだ。 普段はそれなりに几帳面だし、料理をするときには包丁で飾りをちょっと作るなんて細かい作業も苦にしないし、手先はけっして不器用じゃない。 ところが、こと『計量する』という作業が入った途端、恐ろしく仕事が雑になるのだ。 生クリームをカップに入れれば目盛りも見ないでボールに移そうとするし、無塩バターは秤にすら乗せないで切り取ろうとするし、ゼラチンを溶かす為の水にいたってはいきなり鍋に水道からジャーッと入れようとする始末。 全部逐一量らないとダメだと言うのだが、どうにも今一つその必要性がわからないらしい。 ま、そりゃあね...料理する時には、一々細かく材料をグラム単位で量ったりはしないだろう。 味付けは、経験から来る目分量とベロメーターでも十分だし。 しかし、お菓子作りとなるとそうはいかない。 だって、ドロドロの生の生地を味見するとかできないんだから。 勿論、慣れてくれば目分量で済ませる作業も出てくるけれど、それでもやはり細かい計量は必須だ。 「料理は国語で、お菓子作りは化学なんだよ」 俺の説明に、勇輝は不思議そうに首を捻る。 「料理はね、小さい事気にしなくても、だいたいの道筋さえ合ってれば正解の味付けには近づけるでしょ? 寧ろ個人の好みに左右されるから、絶対の正解ってのは無いかもしれない。でも化学の実験てさ、手順とか薬剤の量が少しでも違うと結果は失敗になるんだよね。それと同じで、砂糖入れるタイミングが違うとか、粉の分量が少し多いとか、そんな些細な事でも『美味しくない』どころか『出来てない』って事になるんだ。適当でもいいってポイントがわかるようになるまでは、ちゃんとレシピ通りにやらないと上手くいかないよ。てか、レシピ通りにやったはずなのに失敗する事もあるくらいだからね」 「ああ...なるほどなるほど...」 頷いてはいるが、さてさてどこまで伝わっているのやら。 それでも計量さえ終わってしまえば、ここからは器用で勘のいいいつもの勇輝に戻る。 俺の指示通り、溶かしバターを絡めたクラッカーをセルクルの底に敷き終わると、手早くそれを冷蔵庫に入れた。 「はい、次はこれ室温で柔らかくなってるから、砂糖入れながらミキサーで滑らかになるまでしっかり混ぜて」 クリームチーズを入れたボールを手渡すと、勇輝の目が輝いた。 そう言えばミキサーを使いたかったんだったなと思い出し、勇輝の背後にまわる。 「速度は真ん中くらいでいいよ」 「は~い」 明らかに浮かれた声でスイッチを入れる...が、途端に聞こえたのはゴリゴリゴリゴリというおかしな音。 「勇輝、一体どうした......」 おいおい、どんだけ力入れてんだ。 自由に動かないホイッパー部分を動かそうと、本体のモーターは煙でも吹きそうなくらい空回りしている。 そのホイッパーといえば、ボールの底に親の仇でも見つけたかのような力でグイグイ押し付けられていた。 「そうじゃなくて...こんな感じ」 後ろから体を包むようにしながら、左手はボールを、右手はミキサーを持っている勇輝のそれぞれの手の上に添える。 ボールを少しだけ傾け、ミキサーは底につかないように気をつけながらスイッチを入れた。 勇輝の手ごと、ゆっくりとミキサーを動かしていく。 そんな勇輝の顔は俺の動きや加減を覚えようと真剣なのに、時々首筋に触れる吐息に反応してチラチラと視線が揺れるのがちょっと面白い。 「わかった? もうバッチリでしょ」 「う、うん...」 勇輝の手から俺の手を離し、それでも体は相変わらずピタリと寄せたままで肩口から手元を覗き見る。 やはりコツを掴んでしまえば上手いもんで、あっという間にチーズは滑らかになった。 トロリとしたクリームを満足そうに俺に見せてくるから、その頬に『よくできました』のキスを一つ。 よほどそのクリームの艶に納得がいったのか、今度は意地を張ることも慌てて拒む事もない。 それどころか、ご褒美をもらってご満悦...みたいな顔をする。 「これで、もうミキサーも使えるね。じゃあ今度は念願のホイップクリーム作ろうか。七分立て...そうだな、ミキサー上げたら少し角が立つくらいかな、それくらいまでしたらこのクリームチーズに入れるからね」 「はいっ」 まるで本当に教え子のように威勢のいい返事に、うっかりムラムラしそうだった気分は先生らしく一先ず落ち着いた。

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