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戦士の休息は突然に【6】

勇輝は嬉しそうに丁寧に、緩めのホイップクリームを作ると、ゼラチンを溶かしたシロップと一緒にクリームチーズへと混ぜ込んでいく。 ゴムべらは普段もたまに使うからか、その手つきはもう危なっかしくはない。 俺がオーケーを出すと、それをそっとクラッカーを敷き詰めたセルクルの中に流していく。 「表面綺麗にするのに、強すぎない程度の力でトントンてして」 言われた通りに枠に手を添えてトントンとすると、それを一旦冷蔵庫へと入れた。 「あれで完成じゃないからね。まだちょっと手を加えるけど、少し冷やしてから次の作業に入るから。その間に、今度はシフォンケーキ焼いてみよう。目一杯メレンゲ使うから、頑張って」 「ラジャー!」 ふざけてという感じではなく、本当に『任務を任された』って顔でビシッと敬礼してくる。 「なんなら、量るのまでは俺がやろうか? 勇輝は作業だけに集中する?」 計量は好きじゃないだろうからと提案してみたが、勇輝は不愉快そうにキュッと眉間に皺を寄せた。 「それじゃ俺が作った!って素直に言えないじゃん。ちゃんと俺がやるの」 「そう? いや、それならそれでもいいんだけど...」 ま、いっかぁ~...なんて額をポリポリ掻いていると、俺が下手に『手伝う』みたいな事を言ったせいで燃えてきたのか、勇輝が勝手に俺のレシピノートをパラパラ捲りだした。 「よし、シフォンケーキだな」 いきなり型とボールとミキサーを並べるから、一先ずノートを取り上げる。 「あのなぁ、さっき『きっちり計量しないとダメなんだよ~』って話したよな?」 「うん」 「あと、『手順も守らないとダメなんだよ~』って話もしたよ?」 「だっけ?」 「したの! 勇輝、このノートの材料だけ量って、ドバッとボールに入れて混ぜたらできるとか思ってたろ」 「違うの? だって、ノートに他になんも書いてないもん!」 「あぁ...それはだなぁ、シフォンケーキとか、パウンドケーキとか、あとは何かな...あ、クッキーとかさ、アレンジする前のベースになるお菓子なんかだと、手順覚えてるからわざわざ書いてないだけ。そこにアレンジ加えたりする時には、どのタイミングで他の材料入れるかとか色々試して自分なりのベストを作ってるから、そういうのはちゃんと細かく作り方まで書いてるよ」 「あ、そうなんだ...んじゃ、バッと入れてガーッて混ぜちゃダメなんだ...」 「ほら、例えば天ぷら作る時とかさ、衣って混ぜ過ぎたらダメじゃん。でしょ?」 「あ、そうか...グルテン?」 「そうで~す。膨らませたりフワッと仕上げたりって時は、粉をふるったり混ぜたりにも加減とタイミングがあるんだよ。それに、まずは『メレンゲ』作らないといけないのに、全部一気に入れていつメレンゲ作るの?」 「......ほんとだ」 雑だ...雑過ぎる......普段の几帳面さが欠片も無い...... 次に教えてあげるときは、ダバダバダバッて合わせて、ガーッと混ぜるだけでいいお菓子考えておいてやろう。 それでも計量に少しは慣れたのか、俺の指示に従いながら粉やサラダオイルなんかをテキパキと量っては器へと移していった。 「はい、じゃあここからは手順さえ間違えなければ難しくないからね。まずは、用意した卵白に少しだけ塩入れて、角が立つくらいまで泡立てて」 「ちょっとって...どれくらい? 何グラム?」 「いや、グラムとかじゃなくて、ほんとにちょっとで...あ、一つまみ入れて」 「一つまみ?」 納得できない顔で、それでもパラリと塩を入れると、自分なりの『角が立つくらい』を目指して卵白を泡立て始める。 その間に俺は粉とベーキングパウダーをふるい、牛乳をレンジで温めておいた。 「こんなもん?」 「うん、オッケーオッケー。じゃあそこに、このさっき量った砂糖を3回に分けて入れて」 そう言った途端、手元に秤と小さな器を3つ持ってきて、量ろうと始める。 「ちょ、ちょっと、何やって...」 「ん? きっちり量らないと出来上がりがダメになるっつってたろ?」 「きっちり量る必要があるなら、最初から砂糖はそれぞれ量るから。ここはだいたいで構わないんだって...」 それからの作業も、勇輝はずっとそんな調子だった。 卵黄は白っぽく色が変わるくらいまで混ぜてと言えば『どの程度の白さか』と訊いてくるし、『粉にメレンゲを少しずつ入れながら、最初のうちはしっかり混ぜて』と言えば『グルテンの粘りが出て、膨らまないんじゃないか』と食ってかかってくる。 勇輝って、思ってたよりずっと子供っぽくて全然融通利かなくて頑固で、変に不器用なんだ... 俺にとって勇輝は、いつも器用で穏やかでフレキシブルだった。 そう見えていた。 ずっと他人に合わせ、周りの望む人物を演じていたからなんだろう。 俺を含め、みんな勇輝は器用で大人で臨機応変が利く人間なんだと思い込んでた。 けれど、こんなたかがお菓子作り一つで勇輝の意外な顔が見えてくる。 要領悪くジタバタしている姿はきっと...俺にしか見せないんだろう。 無理に自分を装わなくていいからこそ、こうしてわがまま言ったり文句言ったり、唇を尖らせて拗ねてみたり。 「勇輝が...可愛過ぎる...」 「はあ!? 何言ってんの? それより、見て見て! ちゃんとフワフワ潰さないように型に流せた」 「おっ、完璧じゃん。あとはね、その筒のとこ持って、またトントンして。今度はならすんじゃなくて、中の余分な空気抜くためだから、さっきよりは少し強めにね」 言われた通り、真剣な顔で作業台に型をトンットンッと強めに落とす。 「これでいい?」 「おお、丁度いい感じになってる。じゃあ余熱してあるからオーブン入れて。160℃で35分かな」 「は~い」 喜んではしゃいで、拗ねて甘えて...それはおそらく、幼い頃から勇輝が抑え込んできた感情。 それをこうして俺にぶつけてくれる事がどれほどすごい事なのか、きっと勇輝本人がわかってない。 「焼き上がりまで、少し休憩しようか」 俺の隣で感情を顕にしてくれる幸せを噛み締めるように、俺はソファに腰を下ろしながら勇輝を強く抱き締めた。

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