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大阪LOVERS【充彦視点】

「ほらぁ、アンタらちゃんと飲んでんのぉ~?」 「あ、大丈夫です大丈夫です。ちゃんといただいてますんで......」 アズールからそれほどは離れていない場所にある、昔ながらの居酒屋の二階座敷。 普段から関西のスタッフがよく使っているというこの店で、今はビーハイヴ・出版社双方のスタッフがごちゃーっと集まって打ち上げの真っ最中だ。 本当はもっと広い場所や綺麗な店を考えてくれたらしいのだけれど、結局は宿舎からあまり遠くない所の方がいいだろうとの判断でこの店に決まったらしい。 実際、店を出ればホテルまでは歩いても5分かかるかかからないかの距離だし、何より出てくる料理も酒もなかなか旨い。 ひょっとすると俺と勇輝がかなりの食い道楽だという情報が伝わっていて、ここなら胸を張ってオススメできる!という所を選んでくれたのかもしれない。 特に最初に出された『冷やし茶碗蒸し』は絶品で、俺達の食欲に火が着いたのは間違いなかった。 猛スピードで空きっ腹に料理を詰め込んでいき、今は少し落ち着いてゆっくりと酒を楽しみ始めたところだ。 そんな俺に、真っ赤な顔をしながらものすんごいご機嫌で腕を絡めてくる杉本さん。 店に入った瞬間から浴びるように飲んでいた生ビールが、ここに来てイイ感じに回ってきているらしい。 『なんかすいません』なんて頭を下げながら、アシスタントとして大阪でのイベントを目一杯支えてくれていた高石くんが、慌ててそんな杉本さんを俺からひっぺがして元の席へと連れ戻していく。 まあ杉本さんだけでなく、出版社側、ビーハイヴ側、どちらのスタッフもニコニコしまくりで超ゴキゲンだ。 現在ビーハイヴは、俺や勇輝の過去の出演作の中から特に女性受けのよさそうなビデオの版権を片っ端から買い取っている。 普通のドラマや映画であれば、出演者や原作者の印税などが複雑に絡みおそらく簡単な話ではないし、その金額にしても半端じゃだろう。 しかしここは、いわゆる『一本いくら』の出演ギャラのみで動いているAVの世界。 制作会社から版権さえ正式に譲渡してもらえれば、あとはそれほど面倒な手続きは必要ではない。 元の会社からしても、何年も前に販売したきりで、今や主演女優が生きてるのか死んでるのかも知ったこっちゃない...なんてビデオをそれなりの値段で買い取ってもらえるのだから、こんな美味しい話は無いのだろう。 そして最近、その買い漁ったビデオを『有料視聴会員』向けにホームページでストリーミング配信を始めた。 この有料会員が、昼夜のイベント直後から劇的に増えているらしい。 確かに、どちらの会場でも『現在配信中の作品リスト』なるフライヤーを配っていた。 その中には、わざわざ『要注目!』なんてト書きまで付けて、俺と勇輝が初めて共演したビデオも含まれていたはずだ。 決して安くはない月額料金を支払って、更にそれが保存のできないストリーミングのみの配信であっても、それでも俺達の姿を見たいと思ってくれている人達がそれほどいるという事だけでも驚きなのに、俺が引退を発表した事でこの会員は更に増えると見込まれているらしい。 さらに、航生と慎吾の共演したビデオ『Still...』も、今日の目標予約数を遥かに超えたそうだ。 ということで、ビーハイヴは今日のイベントにかけた結構な金額を一日であっさり回収できた上、これから毎月安定した収入を得られる事になる。 これがビーハイヴ側がゴキゲンな理由。 一方の出版社側はと言えば、昨日の大手メディアへの営業の時、今日のイベントに各担当者を招待していたらしい。 ほとんどの人が興味を示してくれたらしく、さっきまで相当数のスタッフが実際に足を運んでくれた招待客と何やら交渉をしていた。 「やったわよぉ...大阪だけどぉ、アンタ達二人、地上波出演できちゃうの~」 杉本さんと違い、あまり酒が強くは無いらしい斉木さんがふにゃ~と俺の背中に抱きついてきた。 いや、抱きつくというよりも、足元が覚束なくて縋りついてきたと言う方が正しいのかもしれない。 「斉木さん、大丈夫? 水もらってこようか?」 「いいのっ! それよりさぁ...わかってる? 地上波に出ちゃうの、地上波!」 「うんうん、ありがと。斉木さんが一生懸命営業してくれたおかげだよね」 「これでぇ、アンタ達の知名度がもっともーっと上がるんだからぁ...ゴールデンだしぃ」 「......はい?」 「アヒャヒャ、関西の夜がぁ、アンタ達の色気でピンクに変わっちゃうわよぉ~」 今斉木さん...何を言った? 俺らが...ゴールデンだあ!? 「ちょ、ちょっと斉木さん! どういう事?」 「アヒャヒャ、ウヒヒッ」 美人なのにすっかりゴキゲン通り越してぶっ壊れてしまった斉木さんはまたしても覚束ない足取りで、俺の質問なんて完全スルーでフワフワ歩き、今度は社長に絡みだした。 仕方なく、手近にいたアシスタントさんの一人を取っ捕まえる。 「ねえねえ、今ちょっと酔っ払いの戯れ言で済まないような事、斉木さんが言ってたんだけど...」 「何か言ってました?」 「いや...関西のゴールデンの地上波がどうたらこうたら......」 「あ、それはさっき斉木さんの携帯に直接連絡が来てた話じゃないですかね。俺らも詳しい話はまだ聞かされてないんですけど、たぶん関西の有名な女性司会者がやってるトーク番組の事だと思いますよ。『すごいイケメン好きで有名らしいから、絶対出演にこぎつけてやる!』とか、大阪に来る前からロックオンしてる番組でしたし」 マジか...俺らが地上波って、大丈夫なのか? CSでなら、AV女優に男優などなど、総動員で作ってる結構エロくて下衆な番組に出た事はある。 しかし...地上波だぁ!? どんな番組で、一体どう話を持っていけばいいのか確認したかったけど、唯一詳細を知っている斉木さんがあれでは、今日話を聞くのは難しそうだ。 東京に帰ってから聞かされるんだろうな...しかし俺らが地上波とか、世の中間違ってるわ。 「すいません、ちょっとトイレ......」 隣のテーブルでまだ料理を頬張っていたはずの勇輝が、いきなりフラッと立ち上がった。 なんて事ない光景のはずなのに、そこに何か違和感を感じる。 この違和感は...何だろう? 「あれ? 勇輝さん...カバン持って行った?」 小さな声がポツリと聞こえた。 鶏の軟骨の唐揚げをコリコリと噛み締めながら、航生が首を傾げている。 ああ、そうだ...出て行く時、確かにお気に入りのマスタードカラーのボディバッグをひどく不自然に俺達からは見えないようにしていた。 そのコソコソとも見える仕草こそが、俺の感じた違和感だったのかもしれない。 しかし、俺に声もかけないで一人でコッソリとか...何かあったのか? 「勇輝くん、酔っぱらってもうてぇ、先に一人で帰ったんちゃうん?」 真っ赤な顔で航生の膝に頭を乗せている慎吾くんが、ヘラヘラと笑いながら言う。 そんな慎吾くんを愛しそうに見つめ、フワフワと頭を撫でながら航生はクスリと笑った。 「勇輝さんと慎吾さんを一緒にしちゃダメですよ。あの人大概ザルなんですから。あれくらいの酒で酔うわけないでしょ? それより、俺に内緒でお酒飲んじゃいけませんて言ったのになぁ......」 「飲んでへんでぇ~」 「嘘ついたらもうキスしませんよ?」 「ほんまの事言うたら?」 「俺との約束破ってるから、いっぱいお仕置きしちゃいましょうか?」 「......飲んだ! めっちゃ飲んだでっ! 甘夏サワーとかラ・フランスサワーとか、手搾りって書いてあってんもん!」 目をキラキラ輝かせながら、慎吾くんが膝の上からガバッと頭を起こす。 ......なんか、エサ待ってるワンコみたいじゃん。 おかしいなぁ。 航生は『ご褒美あげる』じゃなくて『お仕置きする』っつってんのに、どんだけそれが楽しみなんだよ。 それを見た航生も、あまりの好反応に思わず苦笑いを浮かべた。 「じゃあ、お開きになるまでもうお酒は飲まないでくださいね。せっかくお仕置きしようにも、これ以上グデングデンだと何にもできませんから」 「すいませんっ! 烏龍茶くださいっ!」 ったく...慎吾くんのちょいエロも航生のちょいSも、見ててほのぼのしてくんじゃないか。 ほんと可愛いな...... しかし、俺の愛しのエロ神様はマジでどこ行ったんだ? ふとその時、テーブルの下に置いておいたスマホの画面がいきなり明るくなった。 LINEのポップアップ画面が広がり、メッセージの着信を知らせている。 送信者は...勇輝? 『先に出てごめんね。30分後に、店のすぐ横の高速の高架下のとこ出てきて』 俺はすぐにその画面を閉じると、いざという時に足止めをくらうことが無いよう、少しずつ気配を消しながら酒に酔ったという言い訳の為にひたすら焼酎を煽っていった。

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