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第1話
アヤが長年勤めるリゾートホテルでも、昨年からは客足がぱったり遠のいていた。しかしこのゴールデンウィークは、自粛に飽きた、疲れた風潮を反映してか、こんなご時世でもそこそこの客入りだった。こんなに賑わったのが久々だったのもあって、七連勤が明ける頃にはかなり疲れが溜まっていた。
七連勤最終日を終え、帰宅すると、アヤはスーツをその辺に脱ぎ散らかすや否やベッドにダイブ。かっちりとオールバックに固めていた髪を乱暴に乱し、スクエア型フレームの眼鏡を外した。
明日はようやく訪れた休日。しかも連休だ。休みの間じゅうベッドから出ないでいよう、そう心に決めた時、スマートフォンが震動した。
「アヤ? もう帰ってた? お疲れさん」
疲れているところへ高めの弾むような声が少ししんどい気がするし、凝り固まった心身を柔らかく解してくれるような気もする。アヤは吸っていた煙草の火を灰皿でもみ消して、小さく息を吐いた。
「連勤やってんやんな、お疲れ様! 旅行しよ」
「は?」
また突拍子もないことを言い出した、とアヤの反論する声がつい大きくなった。「連勤やってんな、お疲れ様」から「旅行しよ」の繋がりが全くもって不明だ。普段から出かけるのは好きじゃないと、ことあるごとに言って聞かせているはずだが。
「何言ってるの」
「梅雨に入る前に行きたいねん、上高地」
なんとなく、前にもこんなやりとりがあったような、とアヤは既視感を覚えた。
「絶対行くから。アヤが行ってくれへんねやったら他に誰か誘ってでも行く」
翌日には、運転席と助手席に並んで座るふたりの姿。
さまざまなアクセス手段を考えたが、密を避けるにはやはりマイカーで、となった。リョウは始発の新幹線でアヤのもとまで飛んできて、の出発。
「ごめんな、急な話で!」
言葉とは裏腹に、嬉しさを隠そうともせずニコニコのリョウが言う。日に当たるとうっすらと青みが透けるふわふわした黒髪と、くりくりした目がマッチしている。
結局いつもこうだ。なんだかんだいってリョウのわがままに振り回される。抵抗、拒否、回避する道は用意されていない。否、どうしても嫌なら断ることだって出来る。が、あえてしない。断れば面倒だということもあるが、最近では面倒以外の何かも得られることが、少しずつアヤも実感するようになってきた。
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