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第13話

 ハイキングコースのゴール、河童橋でアップルパイを買った。これもリョウにとっては恒例行事。とれたての林檎を贅沢に使ったずっしりと重みのあるパイで、子どもの頃は一切れ食べきることが出来なくて、父にも少し食べてもらった。それがいつしかひとりで食べきれるようになり、やがて多くは食べられなくなった父の分を少し食べてやるようになった。  バスに持ち込んで一心不乱にアップルパイを食べるリョウを眺めているだけのアヤは、甘いものを好まないため買っていない。河原でのリョウの表情を思い出しては、考えていた。あの顔はなんだったのだろうか、と。アヤといる時にあんな憂いを帯びた表情をすることなどめったないのに。  バスで山を下り、アヤの車に乗り込めば、もう別れの足音が聞こえてくる。その時リョウが声を上げた。 「あっ! 野沢菜漬買うの忘れてる!」  急いでリョウがスマートフォンで店を検索し、近場の土産物店に寄って無事購入を果たした。リョウは漬物以外にも、両親に地酒、妹にはアップルパイ、職場にも個別包装のばらまき用お菓子を購入した。アヤは野沢菜漬を三パックほど買っていた。 「ご飯炊いて一緒に食べんねんで」 「うん」  うん、とは言っているが、きっと炊飯すら面倒がってやらないんだろうな、とリョウは思っていた。一緒に住んでいればご飯ぐらいいくらでも炊いてあげられるのに。  今日一日触れることのなかった、シフトレバーを握るアヤの手の上にそっと、リョウが手を重ねた。 「邪魔……?」 「かまわないよ」  アヤの手の甲に触れている手のひらから、全身に甘い痺れが走る。アヤの横顔を見つめていると、頭の芯がぼうっとしてきた。離れたくない、ずっと一緒にいたい、またひとつ になりたい。欲望はとどまることを知らない。  一方アヤは、手の甲に何か乗せたまま運転している、そんな感覚にすぎない。突発一泊二日旅行、くたくたのはずなのに、頭はとてもすっきりさっぱりと冴えていた。よどんだ体内の汚泥が綺麗な空気と水で浄化・排出されたような心持ちだった。  毎回毎回、だまし討ちのように半ば無理矢理旅行に連れて行かれるけれど、そのたびに得がたいものを胸いっぱい詰め込んで帰ることになる。それが『思い出』というものなのだろうか。超現実主義かつ超合理主義のアヤにとって、金にもならない、食えもしない、目に見えず手に取ることも出来ない、不確かで無意味なモノだと思っていたそれは、決してひとりでは得ることの出来ないかけがえのないもの、なのかもしれない。  そして食べることに執着がなく、死なないために食べているだけで、好きなものも嫌いなものもないアヤであったが、リョウと旅に出るたび、好物がひとつ増えていくのだった。

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