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第12話

 またしばらく山道を行くと、続いて先ほどの黄金色とは打って変わって、美しいエメラルドグリーンの清流に出くわす。澄んだ碧い流れは、何もかも忘れていつまでも見ていたい気にさせられた。 「ここ、一番好きやねん」  誰に言うでもない独り言のような口調で、リョウがぽつりと言った。アヤも何も答えなかった。  最古の記憶は幼稚園に通っていた頃だろうか。家族で河原まで降りて、水を触ってその冷たさを楽しんでいた時、調子に乗ってはしゃいだリョウが尻餅をついてお尻の部分だけびしょ濡れになってしまい、泣いてしまったこと。妹の朋子はまだ母に抱かれていた。  それからカラマツの紅葉とともに、新しい生命力が一斉に芽吹く新緑とともに、いつも変わらず静かに迎えてくれるこの清流を、どのシーズンも訪れてきた。  そのうち部活や受験、友人と連れ立つことの方が多くなり、訪れる頻度は落ちた。子どもたちが成人、就職すると、両親だけで出かける年も何度かあった。そして朋子が嫁ぎ家を出、父も、母も、老いてしまった。ここ数年は、椚田家の誰もここに来ることはなくなってしまった。改めて思うと、急になんだか寂しくなってきた。家族の歴史が終わろうとしているような気がして。次の家族に繋ぐバトンを、リョウは持っていないから。 「いいところだね」  不意にアヤが言った。泣き出しそうになっていたリョウが我に返る。 「う、うん、せやろ。目ぇつぶって川の流れ聞いてたら、すっごい落ち着くで」  そしてふたりは目を閉じて、しばし清流の音だけに耳を傾けた。リョウが目を閉じた拍子に、瞳にたまっていた涙がが一筋の雫となり頬を伝った。 「違う季節にも、連れてきてよ」  隣にいるリョウの方を向かず、正面の梓川を見つめたまま、アヤが言う。 「もちろん、喜んで」 「去年の箕面も良かったけど、ここの紅葉もすごいんだろうな」 「うん! めっちゃすごいで」  目と鼻を真っ赤にして笑うリョウとようやく目を合わせたアヤもまた、細い目を幸せそうにより一層細めると、また川を見つめた。ただ水が流れているだけの川を。  次もまた、来られるんだ。  リョウのぐしょぐしょに濡れた心に、小さくてあたたかいあかりが灯った。  来年もその次も、新しい『家族』と、またここに。

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