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「……」  泣き疲れて眠る千尋の背中を、小さな子を寝かしつけるようにトントンと叩く。  もっと早く気付いていれば。アヤの言う通り、無理やりにでも奪い取るべきだった。後悔なんて今更何の意味も無いが、千尋の全身に残る暴力の痕跡に、自分を責める言葉しか出てこない。  頭が痛い、胸が痛い、くるしい、  ああ、やっと帰ってきた。廊下から聞こえたエレベーターの音に顔を上げる。涙で濡れる千尋の目元にキスを落とし、ゆっくりと部屋を出る。 「こんばんは、結城翼くん」 「……てめぇ、ここで何して……」  性悪。鬼畜外道。泣き顔が好き? 悲鳴が好き? 傷つけて、服従させるのが好き?  ああ、奇遇だね。俺もそんなかんじ。千尋の泣き顔可愛いもんね。 「ねぇ、結城翼くん、」  俺は千尋の綺麗な涙よりも、お前みたいなクズが泣き叫んでぶちまける、汚い血液の方が好きだけど。 「俺と一緒に、遊ぼうよ」 ――――――  ガンッ、鳩尾を深く蹴り上げてやれば、軽く宙を浮いた結城の身体がベッドサイドに強くぶつかり鈍い音をたてる。 (部屋、近いな……)  もう少し離れたかったんだけどな。お前が中途半端な抵抗なんてするからろくに移動も出来なかった。  後ろ手に部屋の鍵をかけながら、廊下で揉み合う内に殴られた頬をなぞる。 「……な、にしやがる……ぐッ! ゲホッゲホッ!」 「ちょっと静かにしてよ。千尋起きちゃうじゃん」  せっかくいい子で寝てるのに、お前の汚い声が耳に届いたら夜泣きしちゃう。  起き上がろうとする身体をもう一度蹴り上げてから、前髪を掴んで強く引く。 「……ッ、」  結城翼。顔は確かに良い。その顔に傷をつけられないのが残念だ。まあそこは同業者としての配慮であり、ルールではないけど。現にお前は容赦なく俺の顔面狙ってきたし。 「あれ何なの? ただのSMプレイです、とか言っちゃう?」 「……ハッ。てめぇに関係ねぇだろ」 「傷だらけだったよ? 泣いてたよ? いつもあんなことしてんの?」 「だからなんだよ。毎回ケツ振って喜んでるぜ? 翼もっともっと~、気持ちいい~って」 「あははっ。そうだよね、千尋淫乱だもんね。それなら良かった。安心したよ」  お前が想像通りのクズで、安心した。 「……ッ……あ……、」  どろり、肩に突き立てたナイフから零れる鮮血。  一瞬見開かれた目はまたすぐにこちらを睨みつけてきて、 「……て、めぇ……! 頭イかれてんのか……!?」 「そうかな。わかんない」 「ふざ、け……ぐッ、ああアっ!」 「ほら見て。マジ、綺麗、」  ぐり、と抉りながらナイフを引き抜いてやれば、暖かい血液がどくどくと床を濡らす。  ああ、綺麗な赤。溢れる。溢れる。 「……ぐッ……っ、う……」 「こらこら休まないの」 「……ハアッ、ハッ……あ、ぐ、……」  荒い呼吸を繰り返し崩れ落ちようとする身体を支えるように抱きしめてやると、腕の中でガタガタと震え始める。  ああ、熱い、  触れ合う部分から流れ続ける結城の血が、ジワジワとスーツを濡らして広がっていく。その感覚に、ぞくりと背筋を走る快感。  だんだんと部屋中に満ちてきた濃い鉄の香りを深く吸い込めば、自身が硬く立ち上がり始める。 「あー、何年ぶりだろう……最高……」  性癖が満たされるとかさ、ここまで幸せな事無いよね。お前が羨ましいよ。快感求めてどんなに相手痛めつけたって、ただのSMプレイで済むんだから。俺なんかもはや傷害事件。毎回こんな事してたら捕まっちゃう。 「次、どこがいい?」  赤く濡れたナイフを持ち直し、ゆっくりと肌を滑らせる。  俺的にはここが一番好きなんだけど、そう耳元で静かに笑いながら首筋に刃先を当ててやれば、真っ青な顔でガタガタと震え始める。 「……っ……あ、ア、……頼、む……やめ……」 「怖がんないでよ。何も殺す訳じゃないんだから」  ただ見たいだけ。欲しいだけ。綺麗な、真っ赤な血液を、感じたいだけ。 「殺さないけど、その代わり、死ぬ程楽しませてね」  千尋は一ヶ月かけてお前に狂わされた。  だから俺は、一晩でお前を狂わせてあげる。

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