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「あなたのその手で抜きました」
「ここが今日の現場。コンセプトは男子中学生の思春期ルーム」
「すげー。勉強机まである」
「まだ子供っぽさが残るチェック柄のカーテンから、壁に掛けられた学ラン、ベッドの下のエロ本まで。完成された、匠こだわりの一室です」
「あれ、そういえば男優さんは?」
「いないよ。今日は思春期男子ちひろ君のオナニーを、このこだわりの一室に仕込んだ五台のカメラで盗撮させていただきます」
「なんということでしょう」
「えっ。それ使うの?」
カメラの最終チェックを終えた佐伯さんの方に目を向ければ、その手にはローター。
「自慰系の撮影には割とつき物だよ。本来ならバイブも使って欲しい所だけど」
「……っ」
「ね。まだちょっと早いかなって」
無意識にびくりと揺れた自分の肩を、慌ててぎゅっと押さえる。
バイブ。翼の教育で散々使われたそれはまだ俺の中で消化し切れていないトラウマで。撮影だから、仕事だから、と割り切って考える前に、身体が勝手に拒否を始めるからもうどうしようもない。
「ご、ごめんなさい……」
「ううん。ゆっくり頑張ろうって約束したじゃん。だから今回の撮影だって、ただのリハビリと思って楽しもうよ」
優しくにっこりと微笑む佐伯さんから、小さなローターを受け取った。
――――――
ペラペラと、紙の擦れる音だけが響く部屋。
(やばいな、勃つ気がしない…)
撮影用に用意されたエロ本に目を向けながら、少しずつ湧いてきた焦りをなんとか鎮める。ここで焦って緊張なんかしてたら絶対また空回りになっちゃう。
普段はどんなに萎えていても男優さん達との絡みで強引にスイッチを入れてきていたが、今日はその助けも無い。一人でどうにかしなきゃ。
こんなんで本当に大丈夫なのかな……?
この勃起待ちの時間も一応ずっとカメラは回しているが、スタートは自分のペースで良い。そうは言われても、やっぱり撮影中止のあの悪夢が頭をよぎる訳で。
恐る恐るちらりと部屋の隅を盗み見てみると、当の佐伯さんはカメラの死角のスペースに寝転がり、部屋の小道具の漫画を読みながらクスクスと肩を揺らしていて。
(あんのクソ野郎……!)
俺が必死で息子と格闘してんのに放置かよ!
ふつふつと沸き上がってきた怒りをなんとか性欲に変えようと、半ば意地での勃起を目指す。
と、ふと漫画の背表紙をするりと撫でる佐伯さんの手が視界に入り。
指、綺麗……。長くて、細くて、少し冷たいんだよね佐伯さんの手。いつも短く整えられている爪の形も本当に綺麗で。たまにしてるゴツい指輪とか似合ってて。
あと、優しくて、いじわるで、俺の全部を知ってる手。
(俺の、気持ちいい所を全部、)
ページを捲るその指先にぞくり、と肌が粟立ち、慌てて我に返って目を逸らす。
馬鹿か俺は。何で佐伯さんの手なんかに興奮してんだよ。
そう自分を叱りながらもう一度エロ本に向き直り、比較的オカズになりそうなページを開いてみても、もう手遅れで。
「……っ、ン……」
「……」
小さく零れた吐息に、佐伯さんがやっと顔を上げて漫画を閉じる。その何気ない動作でも、俺の目は勝手に指先の動きを追っていて。
くそっ、駄目だ。もう、駄目だ。あの指に犯されたくて、たまんない。
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