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「あ? 借り? 伊織何か役に立ったっけ?」
『……、……!』
「……あーそれか。じゃあ今度うちの男優貸してあげるよ」
電話相手にそう返しながら、空いてる手で俺の髪をくるくると弄る佐伯さん。くすぐったくて身をよじると、優しく微笑みながら頬を撫でてくれた。
「分かった。じゃあまた今度。ただいま、放置ごめんね」
「おかえりっ。佐伯さんってシュンっていうんだね。名前知らなかった」
「へ? あー電話聞こえたんだ」
「うん、なんか甲高い声のおにーさんだったね」
頬を優しく包まれて、ちゅ、と顔中に落とされるキス。うっとりと目を閉じて浸るが、佐伯さんの言葉にまた瞼を上げる。
「でもそれホスト時代の源氏名。本名は違うよ」
「なんだ、源氏名かあ……本名はなんていうの?」
ちょっとがっかりしながらなんとなく聞き返せば、優しく唇が重なって。
「……ちひろ、」
「ん?」
「ふふ、違う違う、」
名前を呼ばれ、なあに? と首を傾げた俺に佐伯さんはクスクス肩を揺らす。
「佐伯千紘。俺の本名」
「ち……ひろ……?」
人生で一番聞き慣れた名前。
え、嘘、だって、え、そんなこと、
「ふふ、間抜けな顔」
「えっ……だって、う、嘘だあっ。証拠出して証拠」
「証拠かあ」
どうせまたからかってる。騒ぐ俺を抱きしめながら財布を漁る佐伯さん。
取り出されたのは免許証。はい、と手渡されてみれば、確かにそこには紛れもない“証拠”があって。
「……佐伯、千紘……」
「驚いた?」
「うん……すごい、」
「うん。俺も最初驚いたわ」
「なんでもっと早く教えてくんなかったの!」
名前が同じだなんて、ずっと一緒にいたのに知らなかった。
飄々と話を進める佐伯さんにギャーギャーと噛みつけば、クスクスと肩を揺らしながら俺をぎゅっと抱きしめる。
「俺自分の名前嫌いだから基本人に教えない派なんだよね。ちひろ、って女の子みたいじゃん?」
「う、ん。それは確かに」
そんな派閥があるのは初めて知ったが、後半部分は俺も小さい頃から苦労していた問題。子供の頃は初対面の自己紹介で女の子みたいな名前、とからかわれたことを思い出す。
うんうんと頷いていると、指先で顔を上げられ。
「でも今はこの名前大好き。千尋と同じなんて死ぬ程幸せ」
「佐伯さっ、んン……」
佐伯さん、佐伯さん、千紘……、
俺も、幸せすぎて死んじゃいそう、
濡れた唇を撫でられ、俺も薄い唇を撫で返し、クスクスと二人で笑い合った。
「……あ! じゃあちーちゃんって呼んでいい?」
「え、何? 二回戦お願いしますって? しょうがないなあ……」
「ちょっ……違っ、無理、俺もう無理っ!」
そしてご期待通り明日は腰に走る激痛に泣くはめになる訳だけど。
今が幸せだからもう何でも良かったりしちゃう。俺って相変わらず単純。
“Chihiro”
(これはきっと運命ってやつ)
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